第96回:”G大佐”は本当に世界一のジェットエースか

●ジョセフ・マッコネル大尉とクルト・ウェルター大尉

本項は以下のページの続編です。
最高のジェット戦闘機エースパイロット ギオラ・イプシュタイン(上)
最高のジェット戦闘機エースパイロット ギオラ・イプシュタイン(中)
最高のジェット戦闘機エースパイロット ギオラ・イプシュタイン(下)
最高のジェット戦闘機エースパイロット ギオラ・イプシュタイン(完)

イスラエル空軍公式サイトにこのような一文が有ります。

”ギネスブックには、ジェット戦闘機における撃墜世界記録保持者は16機を撃墜したアメリカ人であると書かれています。ギオラ・イプシュタインのことをギネスの野郎に教えてやるべきです。”

何とも挑戦的な一文ですが、ここで言うアメリカ人とは、空軍のジョセフ・クリストファー・マッコネルの事で、彼はF-86セイバーを駆り、朝鮮戦争で戦い16機を撃墜し、帰国後に訓練飛行中の事故で命を落としました。
イプシュタインの記録は、これまで4回に渡り書きましたように確認戦果17、未確認1ですから、明らかにイプシュタインの記録はそれを上回っています。
イプシュタインこそが真に世界一のジェット戦闘機エースなのでしょうか.

いいえ、違います。トップエースパイロットなんてドイツ人に決まってます。
ルフトバッフェのクルト・ウェルターは、わずか93ソーティーで63機を撃墜。そのうち25機はMe262によって成し遂げられました。彼は夜戦乗りで、その戦果のほとんどは、あの撃墜されにくいことで知られているモスキートでした。「鹿の角」こと、リヒテンシュタインレーダー付きの機にも搭乗していたようです。
ウェルターは戦争を生き延びましたが、1949年交通事故で他界しました。

・ウェルター大尉の撃墜記録
http://www.luftwaffe.cz/welter.html

●スチャーギン少将

では、イプシュタインはウェルターの次、第二次大戦後と但し書きをつければ世界一になれるのでしょうか?
いいえ、ウェルターを考慮に入れなくても世界一ではありません。
戦後の史上最高のジェットエースは朝鮮戦争における朝鮮人民軍のパイロットです。

よりによって(北)朝鮮人かよ!!!

と思った方、安心してください。国連軍が「ホンチョウ(日本語の班長が語源)」と呼んだ、ミグ回廊に出没した腕利きパイロットのほとんどは、第二次世界大戦を経験したベテランのロシア人でした。スターリンはアメリカとの直接交戦を恐れていたため、公式には参戦していないことになっていました(脱出すら禁じた)。
MiG-15のパイロット、ニコライ・ヴァシリヴィッチ・スチャーギン(最終階級:少将)は、朝鮮戦争において149ソーティーを飛行。ミーティア、F-80、F-84、F-86を21機撃墜しました。
スチャーギンは第二次世界大戦終了間際の1945年8月に初めての実戦を経験しましたが、彼のデビューは遅すぎました。日本が早期に降伏してしまったため大戦中の撃墜記録は有りません。
スチャーギンの偉大な記録の中で、特筆すべきなのは第二次大戦のエースパイロット、グレン・イーグルストン大佐(P-51Dで16機、F-86Aで2機撃墜)との戦いでしょう。イーグルストン大佐は生還しましたが、水原飛行場において胴体着陸を強いられF-86Aを大破しました。

・スチャーギン少将の記録。
http://www.acepilots.com/russian/rus_aces.html#sutyagin
国連軍側の損害記録と照らし合わせで検証されています。それによると12機のようです。
とすると、イプシュタイン大佐のほうが上回りますが、そもそもイプシュタイン大佐の記録はイスラエルの戦果主張ですから、公平ではありません。エジプト側の損害記録で計算した場合はきっと17機を下回るでしょう。「撃墜確実」ほどデタラメな「確実」はありません。「撃墜戦果」と、「損害」は滅多に一致しません。

●ジェット戦闘機のトップエース

よって、イスラエル空軍は米空軍のマッコネル大尉がどうのこうのではなくて、
”ギネスの野郎は「超音速」ジェット戦闘機の撃墜世界記録としてイプシュタインを載せろ。”
と、言い換えるべきです。

今後の超音速ジェット戦闘機の空中戦でイプシュタインの17機撃墜を上回る記録が誕生する事はちょっと考えられません。エーリッヒ・ハルトマンの記録と同様に、超音速ジェット戦闘機の最多撃墜記録として歴史に名を刻み続けることでしょう。
仮に更新されたとしても、イプシュタインの記録は不滅です。彼の撃墜記録はすべて「システムが人間の能力を上回る前の時代」にされたものです。
F-22は、訓練において200対0とかハルトマンも真っ青(ハルトマンは何度も撃墜されている)な景気の良いキルレシオが度々報道されていますが、あれはパイロットがすごいんじゃありません。F-22のセンサー、データリンクと、それをまとめるセンサーフュージョンは、すべてのパイロットに、イプシュタインをはじめに、レッドバロン、ハルトマン、坂井三郎、岩本徹三と言った名だたるエースに共通する資質である、卓越した状況認識能力を授けるのであって、F-22自体が凄いのです。

パイロットの能力よりもシステムの優劣が勝敗を決するミサイルの空中戦でエースパイロットが誕生したって...ねえ。
一握りの偉大な”英雄的エースパイロット”が活躍する、戦場物語の時代は終わりました。


(更新日 2009年7月30日)



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