●航空優勢を確保する手段「カウンターエア」
本項は制空権と航空優勢の基礎知識(上)の続きです。
航空優勢を確保するための作戦をカウンターエア、日本語で対航空作戦と言います。カウンターエアは、大まかにオフェンシブカウンターエアと、ディフェンシブカウンターエアの二種類に分類する事ができます。
●オフェンシブカウンターエア(OCA)
オフェンシブカウンターエア、すなわち攻勢対航空作戦は、積極的に敵地へ侵攻し、戦闘機や爆撃機が地上にあるうちに破壊。または飛行場やレーダーサイト、地対空ミサイル陣地などを破壊し、空軍力を根源から破壊せんとする作戦で、主に敵地において行われます。継続した航空優勢を確保する事を目的とし、こうした作戦を航空撃滅戦とも呼びます。
艦船や陸上部隊ならば燃料や弾薬の補給が切れても数日間は行動が可能ですが、航空機は後方施設に対する依存度が非常に大きく、飛行場や補給を絶たれた航空機は、瞬時にして無力化します。また、例え最強のステルス戦闘機や、強力なレーダーを搭載したAWACSと言えども、地上にあるうちは金属やカーボンで出来た的にすぎません。
飛行場は戦線から後方の奥地にあるのが通常ですから、オフェンシブカウンターエアで主力となるのは地形や障害に左右されず、広い行動範囲を持ち、強大な突破力を備えた航空軍事力であり、その中でも爆撃機が用いられます。以下、爆撃機とは爆弾を搭載した飛行機を全般を言います。
冒頭で触れましたように、航空作戦が戦争の行く末を左右するようになった今日、1940年のドイツのイギリス本土侵攻作戦におけるイギリス空軍撃滅戦、いわゆるバトル・オブ・ブリテンから、2008年夏の南オセチア戦争でのロシア空軍によるグルジアの飛行場攻撃まで、オフェンシブカウンターエアはありとあらゆる戦争の初期段階に必ず実施されています。
その最大の成功例は、1967年の六日間戦争(第三次中東戦争)初日においてイスラエル空軍によって実施されたエジプト奇襲攻撃です。
イスラエル空軍の奇襲と、執拗な反復攻撃にエジプト空軍は成す術も無く、開戦から半日で232機の戦闘機、59機の爆撃機を地上撃破。さらに飛行場をも破壊され、その戦力を失いました。
航空優勢を確保したイスラエル空軍は、偵察や爆撃など戦争を優位に進めるための航空作戦を行いますが、エジプトの微弱な抵抗しか受ける事がありませんでした。
”空中戦で敵機を叩き落す空軍は愚かな空軍
地上にあるうちに破壊してしまう空軍は賢き空軍”
イスラエル空軍のエライ人(もちろんエース)
何の本で読んだのか忘れたので、名前不明(ノ∀`)
鳥(航空軍事力)を排除したいならば、空中にあるそれを探知し叩き落とすよりも、巣と卵(飛行場や生産工場)を破壊し、根源から撲滅した方がより効率的なのです。
なお、現在の航空自衛隊にオフェンシブカウンターエアを行う能力は有りません。
●ディフェンシブカウンターエア(DCA)
ディフェンシブカウンターエア、すなわち防勢対航空作戦は、自国に対し攻撃せんとし接近する敵性航空機を排除、撃退せんとする防空作戦で、主に戦闘機や地対空火器によって実施されます。
第一次大戦が終結してまもなくの1920年代、後にイタリア空軍とアメリカ空軍の父と呼ばれるようになるエライ航空戦略家はこのような事を言っています。
”防空なんてどうせ無駄だからやめちまえ!爆撃機で先にぶっ壊せば良いんだよ!
あ、今後の戦争は空軍が主体になるから陸軍とか海軍の予算は縮小でおk(^^)”
ジュリオ・ドゥーエ イタリア陸軍少将
”戦時の防空には全保有戦闘機の1/3を常に滞空させておく必要がある!
海軍の戦艦なんて無駄!そのカネで空軍のために1000機爆撃機造ろうぜ!”
ウィリアム・ミッチェル アメリカ陸軍准将
(B-25の人です)
前回の飛行機のお話に書いた4つの航空軍事力の攻撃的な特性ゆえに、侵攻的な航空機から完全に防御する事は極めて難しいため、二人の偉大な戦略家は防御は極めて困難であろうと考えました。
ドゥーエ将軍はこうも述べています”自国に標的になりうる20個の目標があるとするならば、敵国は20個の目標を自由に選択し、あらゆる方向からの進路を自由に選び、攻撃する事が出来るため、それらを防護するには敵軍の20倍の航空戦力が必要となり、それでも全てを迎撃する事は不可能である”と。
ドゥーエ将軍の言葉は一見すると正しいように聞こえます。しかし、現代において防御は決して不利ではありません。二人の時代には”レーダー”が無かったのです。
レーダーサイトや早期警戒管制機による厳重な警戒で奇襲を防ぎ、地対空火器や戦闘機を適切に指揮し、効率的な迎撃を実施する事で、一時的に航空優勢を奪われる事があっても、継続的な航空優勢を確保し、出血を強いて敵の意思を挫く事も可能です。
バトル・オブ・ブリテンにおけるイギリス空軍の勝利は、その最大の例でしょう。イギリス空軍はドイツ空軍による執拗なオフェンシブカウンターエアを受けつつも、レーダーサイトと一元指揮された防空組織により、キルレシオ2:1という戦果を挙げてドイツ空軍にイギリス以上の消耗を強いる事に成功しました。
(なお、ドゥーエさんとミッチェルさんは、あまりに過激だったため軍を追い出され、防空側の勝利に終わったバトル・オブ・ブリテンを見る事無く若くしてその人生を終えてしまいました。)
我が国の防衛白書平成20年度版 第III部第3節1項によると、
”敵の航空攻撃に即応して国土からできる限り遠方の空域で迎え撃ち、敵に航空優勢を獲得させず、国民と国土の被害を防ぐとともに、敵に大きな損害を与え、敵の航空攻撃の継続を困難にするよう努める。”
とあり、航空自衛隊の柱となるカウンターエアの実態は、バトル・オブ・ブリテン時のイギリス空軍と酷似したディフェンシブカウンターエアである事が分かります。
ディフェンシブカウンターエアを柱とする以上、ロンドンをはじめとするや各地の都市の工場や飛行場が爆撃を受け、軍事施設のみならず三万人もの市民の生命や、財産に大きな損害が出たように、「ある程度の被害」は許容されなくてはなりません。現代戦において、第二次世界大戦時のような国家総力戦や空爆が行われる事はまず有りませんが、被害が許容できなくなったときは、戦争の発端となった相手国の政治的な要求を飲む他なく、それは敗戦を意味します。
しかし、現在の我が国は「ある程度の被害や死」を議論する事すら、いまだにタブー視されていることは否めません。
また、奇襲的オフェンシブカウンターエアの意図をもった爆撃機に対し、はたして機関銃や対空ミサイルを使用し敵爆撃機を攻撃する事ができるのでしょうか。最近(2006年)になって、ようやく対領空侵犯措置における武器の使用を明記した部隊行動基準が制定されましたが、本格的な防衛作戦が始まる防衛出動が発令されている頃にはレーダーサイトも、飛行場も、戦闘機も存在していない可能性は否定できません。
我が国の航空自衛隊では極東最高の防空網を築き上げており、おそらくは奇襲を受けた場合(受ける兆候が有った場合)に備えた訓練を実施しているものと思いますが、オフェンシブカウンターエアの成功例として挙げた、六日間戦争のイスラエル空軍のような奇襲攻撃を防ぐための体制にはいまだ穴があります。
千歳基地をのぞき強化ハンガーの整備が完全に行き届いていないのも問題です。”あのイスラエル空軍”ですら、ヨムキプール戦争(第四次中東戦争)では、逆にエジプト空軍の奇襲を受けて飛行場に打撃を受けています。そして強化ハンガーがあったため作戦機の多くは無事でした。航空自衛隊はF-22だF-15FXが何だという前に強化ハンガーの増築を行うべきです。特に沖縄にです。
幸いにして北海道から沖縄まで数千キロの広範囲にわたり各地に点在している航空基地を同時攻撃可能な国は、今のところ同盟国たるアメリカをおいて他にありませんが、冷戦時代には「空自15分、海自15日、陸自150日」などという、戦時において壊滅するまでの時間を自嘲したジョークがありました。
87年にソビエトのELINT型バジャーが沖縄本島上空を領空侵犯しましたが、もし爆撃機型で巡航ミサイルや爆弾を搭載しており、もし同時奇襲の意図をもっていたとしたら、本当に15分で航空自衛隊は壊滅し、限りなく制空に近い航空優勢を達成されていたかもしれません。
半世紀に渡り武器の使用などのルール(部隊行動基準)作りが行われず、奇襲に対して無防備であった事に対しては、今考えるとよく無事であったものだと身震いすら感じてしまいます。
平時から法整備も含めた強力な防空システムを築き上げる事により、奇襲的オフェンシブカウンターエアを不可能とし、侵略行為を思い留めさせる抑止力として機能させる事が、ディフェンシブカウンターエアにおいては最重要の課題であると言えます。
制空権と航空優勢の基礎知識(下)に続く。
(更新日:2009年6月09日)
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