●制空権と航空優勢とは
1911年のイタリア・トルコ戦争において、イタリア軍のブレリオXIがリビアに展開するトルコ軍の陣営を偵察し、史上初めての軍用機による軍事作戦が行われてから100年が経過しようとしています。陸上・海上における軍事の歴史と比べると、軍事航空のそれは紙一枚よりも薄いと言えます。
しかし、イタリア・トルコ戦争の四半世紀後に勃発した第二次世界大戦の頃には航空攻撃・偵察活動なしにして陸上・海上における戦闘で勝利する事は不可能であると言えるまでに発展しました。
この100年来の戦争を見ると、殆ど全ての戦闘において、空中における味方航空機の活動の安全を確保、または敵の航空活動を阻害する作戦が最初に実施されています。こうした作戦によって得られるものを「制空権」もしくは「航空優勢」と呼びます。
「制空権」という単語は、軍事や航空を専門とする者たちだけではなく、一般にも広く知られた軍事用語です。しかし、それとは反対に、正しく意味を理解している人は多くありません。
広辞苑によると、制空権とは『領土・国家の権益を保護するため一定範囲の空中を支配する権力。主として空軍力による。』とあります。制空権という語の意味する説明としては間違ってはいませんが、軍事用語としての制空権を定義するにはやや誤解を招く表現です。
航空軍事力は以下の利点を備えているとされています。
・圧倒的な高速度
はじめて飛行機が本格的に実戦投入された、第一次世界大戦世代の70〜300馬力程度のレシプロエンジンを積んだ初期的軍用機ですら100km/h〜200km/h、現代のジェット戦闘機であらば、その10倍の速度で機動する事ができます。機動とは、軍事作戦を目的に活動を行う事を言います。
・行動範囲は広大
どんなに短い機種でも数百km、場合によっては数千kmにも達する広大な戦闘行動半径を持ち、敵国の首都へさえも到達できます。航空機にとっては「後方地域」などという言葉はありえません。
・何処へでも行ける
また、その機動力は地形的要因によって左右される事はありません。海や山などの地形、さらには戦線や塹壕、要塞といった障害とも一切無縁で機動を行えます。また空気に満たされた空間である限り、自由に飛行経路・高度を選ぶ事ができます。
・防御を打ち破る力
非常に高速で、障害に左右されず、行動範囲の広い航空機は、防空網を突破する事が容易であり、逆を言えば完全に防御する事は非常に困難です。
以上の航空軍事力の攻撃的な特性に加え、航空機は燃料の消費が激しく、燃料が切れる前に飛行場へと帰還しなくてはならないという欠点から、広辞苑で説明されている「一定範囲の空中を支配する」事を続けるのは非常に難しく、空間だけではなく時間を加えた四次元の要素を考える必要が有ります。
例えば、第二次大戦における西部戦線のある時期において、ドイツ空軍が制空権を握る本土に護衛戦闘機を伴った連合軍の重爆編隊が浸入し、都市を爆撃して離脱したとします。この場合、連合軍は爆撃機編隊と護衛戦闘機が存在する僅かの空域に限り制空権を奪取し、そして離脱と同時に連合軍の制空権は消滅しています。
よって、軍事用語における「制空権」とは決して空中を支配し、カトンボ一匹自由に飛行させないという事ではなく
”ある空間において、ある時間内、味方の航空活動において大規模な攻撃を受ける事がなく、
また敵国の航空活動を困難にせしめた状態”
を意味し、先の辞書の文章を、より正しく書き換えるならば
”一定の範囲の空中において一定時間内の優劣。”
となります。
現在では、その概念を正確に表す「航空優勢」という用語に置き換えられており、「制空権」という単語自体も、航空優勢と同義として扱われている場合が多くあります。
制空権と航空優勢の基礎知識(中)に続く…。
(更新日:2009年6月05日)
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