FAC短編小説
航空戦となるとどうしても派手な戦闘機ばかりに目が行ってしまいますが、支援機無くして航空戦に「勝利」したという例はありません。
AWACS,J-STARS,タンカー,電子戦機…これら各種支援機の中で最も危険である任務が観測機による前線航空管制(FAC)です。最前線では、実
際にドンパチやっているわけですから、友軍と敵軍の間隔が数百メートル、数十メートルと非常に接近しています。
そんな状況下で戦闘機が好き勝手に爆弾を落とそうものなら、多数の友軍兵の人生を強制的に終わらせてしまうことになるでしょう。前線航空統制官以降FACと呼びます。)は、誤爆や巻き添えを防ぎ、敵軍に最大限の損害を加えるように指揮を行います。
以下は、私がFACの役割について技術的(?)な原文を書いたものを元に、Flankerさんに小説風にしてもらった、FACの役割の一例です。
濃緑色の絨毯のようなジャングルの木々を真下に望ながら、OV-10"ブロンコ"でFAC任務につくケリー
"ボブ" エメリッヒ大尉は"地獄の戦場"、ヴェトナム上空を飛行していた。
連日容赦なく続く作戦で、エメリッヒの疲労はピークに達している。
「出撃が続きすぎるよ。これじゃヴェトコンどもを殺したいのか、それとも俺たちを過労死させたいのかわかったもんじゃない。」
出撃する寸前に、仲間のパイロットが言い放った言葉だ。
まさに、その通りだよ―エメリッヒは、このジョークに対して、そう一言だけ言い放つのが精一杯だった。
実際、それほど疲労も、ストレスもたまっている。
オークバレーに帰って、シャワーを浴びて、大好きなレッドソックス戦のテレビ中継を肴によく冷えたハイネケンで喉を潤して、ゆっくり家のベッドで寝たい・・・・
ホームシックで意識が遠のきかけた刹那、無線に、通信が入ってきた。
無機質な無線の電子音で、エメリッヒの目の前に映っていた家のテレビは消え、彼の意識は再び地獄のジャングルへと引き戻された。
地上にいる中隊からの通信は、彼らの北100m地点に、CAS―航空支援―を要請するものだった。
「頼むぜ、あんたらの爆弾でヴェトコンのケツを吹っ飛ばしてくれ。」
紋切り型の下品なののしり言葉とともに、中隊からの通信は終わった。
爆弾を落とすのは、俺の仕事じゃないけどな―そう、一人ごちながら、上空待機していたエメリッヒは周波数を切り替え、航空支援を行える戦闘機をよこすよう要請した。
上空でゆるやかに旋回を続けるエメリッヒの眼下に、真っ直ぐ上に延びる煙が目に入る。
地上部隊が自らの位置をこちらに知らせるために発射したペンシルガンと呼ばれる、ロケット弾と似たような信号弾だ。
ほどなく、F-4Eファントムの四機編隊、コールサイン"エクスレイ"がエリアに到着した。
エメリッヒは、無線で現在の状況を説明、さらにエクスレイ編隊の装備、状態を確認する。その間も、首を回し、砲火が飛び交う地上の情報把握を忘れない。
それが、FACの仕事だからだ。
スティックをぐっ、と倒し、機体を急降下させる。
ブロンコの機体がくるり、と翻り、ヴェトコンが潜む樹木のジャングルに向かって降下してゆく。
ほどなく、オレンジ色の光があちこちより飛び出してくる。
低空を飛ぶ戦闘機にとってもっとも脅威となる、敵のAAA―対空砲火、だ。
AK小銃から37mmの対空砲まで、さまざまな種類、口径の銃弾が、ブロンコを襲う。
それをすれすれで縫いながら、エメリッヒは照準を見極め、発煙ロケットを一発発射した。
要請された地点より少し南側に、ロケット弾は着弾した。
「西の空域には友軍のガンシップヘリコプターがいる、南から進入して北東に離脱、一番機は二発ずつ、Mk-82爆弾を投下してくれ。場所は、発煙地点から北20mだ。今日は奴さんのAAAがいちだんと盛んなので、注意してくれ。」
ロケット弾の煙を確認すると、エメリッヒはエクスレイ編隊に爆撃方法を指示した。
「了解、エクスレイ1、爆撃行程に入った。スモークを視認、爆撃を開始する。」
エメリッヒは、狭苦しい機首のなかで、首を回して上空を見渡した。
目標地点に向かって飛行してくるファントムを一機、視認する。
「こちらチャーリー1、貴機を目視で確認した。予定通り、爆撃を開始せよ。」
「了解、ヤツらに一発かましてくるぜ、よく見とけよ、チャーリ1。」
編隊が目標を確認して爆撃地点へ向かっているとき、FACは必ず目視で、その機体を確認する必要がある。
もし、爆撃する機体を確認できなかった場合は、爆撃する編隊が目標を誤認している可能性もあり、爆撃は即刻中止させなければならなかった。
前線では、着弾点のわずかな狂いが友軍の命をまとめて、吹っ飛ばしかねない。
Mk-82爆弾が着弾し、紅蓮の炎とともに黒い爆煙があがる。
爆弾は、指示した地点とほぼ同じ位置に見事に着弾した。
その証拠に、先ほどエメリッヒが発射したロケット弾の煙は完全に爆風で吹っ飛んでいた。
「イヤァァァホゥゥゥ!」
離脱を始めたエクスレイ1のパイロットが、感極まって叫ぶ。
彼の爆撃の腕に関心しつつも、"チャーリー1"
エメリッヒは、二番機"エクスレイ2"にMk-82による爆撃、さらには三番機以降"エクスレイ3,4"にはそれをナパームで爆撃するよう、指示する。
「クレーターを目印にナパームを落として、ヴェトコンどもをカンペキに吹っ飛ばしてくれ、」
ナパームは、密林の中に投下するだけではジャングルの上部が燃えるだけで、相手に被害を与えることはできない。
そのため、通常爆弾で密林に「穴を掘って」から、そこにナパームを落とすのだ。
次々と爆弾が投下され、周囲数百mは完全に焼け野原と化す。
今ごろヴェトコンは、相次ぐ爆撃で散々だろう。
エメリッヒは、そこに複数の発煙ロケットを撃ち込み、立て続けに着弾した発煙ロケット弾によって軸線を形成する。
「よし、最後のレッスンだ、スモークの軸線に沿い、機銃掃射をたのむ。」
「了解、ヴェトコンをみんなまとめてふっ飛ばしてやるぜ。」
ファントムの機首よりオレンジ色の閃光がきらめき、スモークの線の周辺にいくつもの土煙があがる。
周辺にいたヴェトコンは、命からがら逃げたか、バラバラに吹っ飛んでしまったにちがにない。
アイツらだって、俺らと同じ人間なんだけどな―エメリッヒは一瞬、そんなことを考えたが、瞬時にその思いを振りほどいた。
敵に情けをかければ、自分の体には銃弾が返ってくる、それが、戦争なのだ。
「攻撃完了、見事な攻撃だったな、あとで通信簿を送っておく。」
通信簿とは、BDA、つまり爆撃効果判定のことだ。
「了解、サンキュー、チャーリー1。今度基地に寄ったらバドワイザーをおごるぜ。」
「オーケー、感謝する。今の爆撃でキレたヴェトコンがまだ潜んでいる可能性もある、気をつけて帰還してくれ。」
…上の例はF-4の航空支援管制をモチーフにしましたが、実際は、この管制中にも砲兵部隊の射撃座標修正や砲撃効果判定を同時に行わなければならないなど、FACは、さえぎる物が無くギラギラと熱帯の太陽に照らされながら、管制任務は多忙を極めます。
最高速度300Km/h程度の低速な航空機に乗りながらも対空砲火を避けるためジャングルの木々スレスレの飛行も行い、時には4時間以上も滞空せねばなりません。
ベトナム戦争中最も致死率の高かった前線航空統制官。彼らがいなければ、地上戦はさらに悲惨なものになり、死者数も増大していたことでしょう。多大な名声
を得たファントム乗りのエースばかりではなく、目立ちはしませんが最も危険で過酷な任務を全うした彼らも、ベトナム航空戦の英雄であったのではないでしょ
うか。
OV-10を代表する機体に乗っていたFACのスピリットは、現在でもOA-10サンダーボルトIIを始めAV-8、F/A-18、F-16へと引き継が
れております。航空戦がハイテク化と共にFACの技術も発展しつづけ、地上軍同士の衝突がなくならない限りFACも無くなることは無いでしょう。
今回のFACについては、元OV-10のFACであったマーシャル・ハリソン著「ジャングルの航空戦―前線航空統制官の戦い」から、多くを参照 しています。FAC自身の視点によるベトナム戦争のドキュメンタリーで、名詞の訳などで若干下手なところも見うけられますが、非常に面白い書籍でした。も
し、FACに若干でも興味を持たれた方(持っている方)は、ぜひ一読することをお勧めします。
(更新日:2002年3月1日)
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