第117回:厨二病心くすぐられるF-15のVmaxスイッチ

「新機動戦記Vmax(仮)」

(あるロボットアニメ)
「ッくぅ…なんてヤツだ!。こうなったら、Vmaxを使うしか無い!」

「ケリー、ダメよ!Vmaxはまだ試作段階でリッチ博士の許可が降りてないわ!」

カチャカチャ (カバーを外してスイッチに指を掛ける)

「未だ、Vmax発動!!はあああああああ!」

ばしゅーん、ばひゅーん(凄い機動力で敵を翻弄する)

「(ピコーン ピコーン) オーバーヒート!? 機体よ、持ってくれよ!!」

「ケリーやめて!それ以上Vmaxを使うと危険よ!」


…なんてロボットアニメの主人公機が秘められたパワーを発揮するシーン。なんか見たことある気がしませんか? なんの作品だっけ。と言われると思い出せないのですが、なんかよくある気がしますよね?(ね?ね?)

「そんなロボットアニメにありがちご都合主義的な機能。リアルにあるわけねーよ。だいいち「Vmax」とか厨二病丸出しで恥ずかしくないの?」

 と、おもったこのページをご覧の軍オタの皆さん。あなたの感性はたぶん正常です。が、残念でした。我らが主力戦闘機F-15Jイーグルには、一時的に飛行性能を上昇させる機能が実在しています。そのF-15用のシステムの名称が「Vmax」なのです。

 「Vmax」の名の由来は、ある高度において推力と抗力が釣り合った状態、つまりこれ以上加速しない、水平飛行時における最大速度という意味から来ていると思われます(たぶんね)。

 ジェット機なんかは推力が強烈なので、普通はVmaxに達する前に、機体に損傷を与える超過禁止速度「Vne」を超えてしまうため、通常Vmaxが発揮されることはありません。 この辺りについて詳しく知りたい方は第113回: 戦闘機の『最高速度』とは を参照ください。

F-15のVmaxスイッチ

 問題の「Vmax」を作動させるスイッチはコックピット左の風防の枠すぐ下に設置されています。



 拡大して見てみましょう。



 これがF-15のVmaxスイッチです。どうやってVmaxを作動させるのでしょうか。F-15のマニュアル「TO(技術指令書)」を参照してみましょう。

Vmaxスイッチ

 Vmaxスイッチの使用を禁ず。  (おっと、いきなり禁じられてしまいました。が、無視。)
 Vmaxスイッチは左キャノピー枠の真下にあり、スイッチはワイヤーによってガードされている。
 Vmaxシステムを有効にする際はワイヤーを破断しガードを解除、スイッチを押し上げる。
 Vmaxの最大持続時間は6分である。

 使用を禁ずるとか、ワイヤーのガードを破壊してシステムを作動させろとか、6分しか使えなかったりとか、なんかいかにもロボットアニメチックになってきました。

 じゃあVmaxシステムを作動させるとF-15はどうなるのか。F-15はどのくらいパワーアップするのでしょうか。Vmaxシステムについて、航空自衛隊のパイロットに聞いてみました。

A氏(F-15パイロット)
 『Vmaxを使うとマリオがスターとったみたいな無敵状態になりますよ。F-15J導入開始からもう30年ですが、未だに世界最強とか言われるゆえんがVmaxの存在ですね』

 
 マジで!? オラ、なんだかワクワクしてきたぞ!

使ったあとが大変「Vmax」



A氏
 『と言うのは嘘です』

A氏
 『実際そうだったらいいんですけどね。スイッチ入れると燃料流量を増やして気持ち推力が増大します。ただし、入れても実際に効果が得られるには条件があります。正直微妙だし、使ったらクビが飛ぶかもしれないし、触ったことありません。一生使わないと思います』

 あ、あれ? もっとこう…「推力が50%増し」とか「マッハ3で飛べる」とか「15Gで旋回できる」とか「人工知能が暴走する」とかそういうのを期待してたのですが、なんかすごいコレジャナイ感...。 Vmaxシステムについてマニュアルをもう少し読んでみましょう。

 Vmaxシステムを使用し、スロットルをアフターバーナー最大に入れ、かつマッハ1.1以上の速度で飛行した場合、タービン入り口温度が摂氏22度上昇し、回転数は2%上昇する。メインエンジン燃料流量は約4%増え、推力は約4%増加する。 
 Vmaxを使用した場合、その都度必ずホットセクション(高温部)のボアスコープ検査(内視鏡)を行い、届け出ること。
 Vmaxの通算使用時間は、エンジンオーバーホール毎に最大60分以内に留めること。

 現実は甘くありませんでした。僅か4%の誤差みたいな推力増加と引き換えに、毎度ボアスコープ検査が必要で使用制限時間も厳しいんじゃ、そりゃマニュアルの冒頭でいきなり『Vmaxスイッチの使用を禁じる。』と書きたくなりますね。

 「そんなロボットアニメにありがちご都合主義的な機能。リアルにあるわけねーよ。だいいち「Vmax」とか厨二病丸出しで恥ずかしくないの?」

 と、おもったこのページをご覧の軍オタの皆さん。あなたは正しい。

オーバーブースト


 今の戦闘機はパワーが有り余っている上に高額ですから、損傷や寿命と引き換えにパワーを増大させるVmaxみたいな機能は使わないわけですが、レシプロ戦闘機などはわりと頻繁に活用していました。例えば零戦は「オーバーブースト」が可能です。


 左下のこのレバーを回しながら引っ張るとスーパーチャージャーの過給圧を高め、エンジン馬力が増大します。やはりオーバーブーストも無制限に使用できず、離陸や戦闘時など数分(時間は失念)に限られているのですが、帝国海軍のパイロットはそんなの無視して、わりとガンガン使ってたそうです。

 え?オーバーブーストの制限時間無視して大丈夫かって? 戦争を生き延びた人はみんな大丈夫だったと言ってます。

 大丈夫じゃなかったヤツはみんな死んでるんで、実際はどうだか知りませんけど。



(更新日:2015年7月16日)


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