『性能限界』 『設計限界』二種類存在する最高速度
航空雑誌や飛行機関連の書籍、またはエアショーの看板には戦闘機の「最高速度」が紹介されていることがよくあります。航空自衛隊のウェブサイトによるとF-15イーグルの最高速度はマッハ2.5だそうです。音速の2.5倍。速いですね。 一方F-35ライトニングはマッハ1.6。最新鋭機なのにメタボのせいで酷い遅さですね。
いきなりですが、ここでクエスチョンです。F-15イーグルの最高速度、マッハ2.5は「性能限界」もしくは「設計限界」どちらによる最高速度なのでしょうか。
性能限界とは、推力と抗力が釣り合い、これ以上の加速も減速もしない状態を言います。
私が最初に乗っていた初代プリウスは、どんなにアクセルをべた踏みしても168km/hを超えることはありませんでした。これはこのクルマの性能限界と言えるでしょう。
設計限界とは、構造上の問題等により設定された「超過禁止速度」を言います。
二代目三代目のプリウスは余裕で180km/hに達するようになり、スピードリミッターが作動しました。これはこのクルマに設けられた設計限界です。リミッターが無ければもっと加速できたはずで、性能限界はさらに高い速度だったでしょう。
(自分のクルマの性能を試したい場合は、道交法第二十二条の適用されない安全な場所で!)
F-15A/Cの速度性能
下の図はF-15A/Cイーグル及びF-15EのT/O(技術指令書)の性能表(フライトエンベロープ)です。
本物の飛行マニュアルから抜粋したものなので、画像保存しないでください。
黒服のコワイお兄さん方があなたの家にまで押しかけても知りませんよ?
閲覧後は必ず忘れてください。その方が長生きできます。 もちろん嘘ですが(どの部分が?)。
F-15A/C コンフィギュレーション 重量35,000ポンド(15,875kg) クリーン(搭載物無し) エンジントリム102%
フライトエンベロープ・グラフの見方は簡単。X軸がマッハ数、Y軸が高度(フィート)を表わしており、ある高度におけるF-15のフルアフターバーナー水平飛行時の性能限界・設計限界を知ることが出来ます。
STD DAY、STD +10℃、STD-10℃の三つの線がありますね。STD DAYは標準大気を表わします。標準大気とは地上気圧1013.25hPa、地上気温15℃、100m上昇毎に-0.65度(9000m以上は-56.5℃一定)の状態を意味します。
つまり、グラフを読み取ることにより標準大気および標準大気よりも10℃高いか低いかの状況における性能限界を知ることができます。同じ条件でやや左側に書かれている線は0.03G加速(≒0.3m/s2 加速が実質不可能となる)限界値です。
気温により大きな差が出ているのが分かりますね。夏場など気温が高いとエンジンの性能が落ちることに由来し、殆ど全ての性能が低下します。これについては後日また機会を設けて解説したいと思います。
高度0からほぼ真っ直ぐ伸びている破線はDESIGN LIMITすなわち設計限界を表わしています。F-15の超過禁止速度は対気速度800ノット(1,481.6 km/h)またはマッハ2.5です。高度ゼロではマッハ1.2で800ノットに達していますが、上昇して気圧と気温が低くなるにつれ対気速度は下がり、より高いマッハ数を出せるようになっています。高度45,000フィート以上においてちょうど対気速度800ノット=マッハ2.5となり、それ以上の高度ではマッハ数によって制限されています。この時、対地速度は2655.7km/h(標準大気)になります。
斜線で囲ったマッハ2.3以上の速度は時間制限付き追撃を表わします。すなわち無条件で継続飛行は出来ない速度域です。キャノピーかレドーム加熱による制限でしょう(たぶん)。
STD-10℃を見ると、性能限界が殆ど設計限界の外に伸びているのが分かります。つまりF-15は機体と命を捨てる覚悟さえあれば、マッハ2.5以上の速度を発揮できるだけの性能を有していることも分かります。ざっと見た感じ、マッハ2.55近くは出せそうですね。
多少の安全係数を掛けているでしょうから、マッハ2.55程度で実際に機体が破壊されることは無いでしょうが(時間制限は短くなるかもしれません)、低高度で性能限界まで引っ張ると、機体の破壊が先にやって来ると思われます。
F-15が搭載するF100エンジンのパワーって恐ろしいですね。なお旅客機もエンジンフルパワーで飛行すると設計限界を大幅に超えて機体の破壊に繋がります。
なお、高度40000フィート、速度マッハ0.8(250ノット)から、設計限界のマッハ2.4までの加速に要する時間は195秒です。
僅か195秒間のアフターバーナー使用によって約40諭吉もの燃料が消し飛びます。
→ジェット戦闘機の燃費ってどのくらい?
F-35ライトニングは高速戦闘機だった!!
F-35ライトニングの設計限界はマッハ1.6。
F-15に比べてひどく遅く感じますよね。ところが...。
F-15A/C コンフィギュレーション 重量41,000ポンド(18,600kg)
AIM-7、AIM-9、落下式増槽1本搭載 エンジントリム102%
なんとうことでしょう。フル武装したF-15の設計限界はマッハ1.8にまで激減してしまいました。それどころか、標準大気ではマッハ1.65しか出せません。これではF-35と変わらないではないですか。夏場だとマッハ1.4です!
F-35はミサイルをウェポンベイに収容できますから、武装時にも抗力が増えることがなく、兵装搭載による性能低下は僅かで済みます。そもそもウェポンベイとは本来ステルス性のためではなく、抗力増大を抑制するために「発明」されたものです。一見遅く思える最高速度マッハ1.6のF-35。実はとても高速な戦闘機だったのです。
なお、F-15フル武装における性能低下の最大の原因は落下式増槽なので、これを切り離せばSTD
DAYでマッハ2にまで性能向上します。
よって、最初に出したクイズの答えは「F-15の設計限界はマッハ2.5だが、多くの場合その速度は出せない。良好な条件時に限りマッハ2.5以上を出すことも可能」と言ったところでしょうか。現代戦闘機において「最高速度」なる数値はが殆ど無意味であることがよく分かりますね。
なお、スーパーホーネットなどは速度マッハ1.8、もしくは1.6とされることが多いようですが、前者は設計限界、後者は性能限界を意味し、どちらも「最高速度」としては間違っていないと言えます。
F-15E ストライクイーグルは本当に戦闘機向きではないのか
F-15E コンフィギュレーション F100-PW-220搭載機 重量52,500ポンド(23,813kg)
-4 コンフォーマルタンク、AIM-7、AIM-9
上図のように、F100-PW-220搭載F-15Eが空対空ミサイルでフル武装した場合、外部増槽無しですらSTD
DAYでマッハ1.55にまで低下します。なぜ多くのストライクイーグルがエンジン推力3割り増しのF110-GE-129またはF100-PW-229エンジンに換装されているのかがよく分かりますね。ただ、エンジン換装機でもF-15Cには及ばないでしょう。(データがないので分かりません)。
もっとも、戦闘機の「機動性」よりも「ギガバイト」で戦うこのご時世、速度性能うんぬんよりも、より上空に長く留まっていられる搭載燃料が多いことの方が有利かもしれません。
設計限界にも注目。実はF-15Eってコンフォーマルタンクを外さないとマッハ2.5は出せないのです。
なお、対地武装をフルに施したF-15Eは音速をやや超える程度にまで性能低下します。そりゃ上の写真のように、2000ポンド爆弾3発にSDBが8発、AIM-9が2発、AIM-120が2発、こんなてんこ盛りしたら酷い空気抵抗の上に重くてしょうがないでしょうに。
(更新日:2011年8月3日)
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