第101回:空対空戦闘2 敵機を発見すると言うこと

索敵とは電磁波センサーの戦い。

過去、空対空戦闘に関連するコラムの中で、先手必勝こそが普遍の法則であるということを繰り返し、しつこいぐらいに書いてきました。
先手をとると言うことは、先んじて攻撃行動に移るということですから、相手よりも早期に発見しなくてはなりません。こうした行為を軍事用語で索敵、斥候、偵察などと言いますが、今回は空対空戦闘における索敵行動について進めてみましょう。

空中を飛翔する航空機を探知するには大きく分けて3つの手段が有ります。

1つめが戦闘機に搭乗するパイロット自身が目視により可視光で発見すること。
2つめがレーダーを用い電波で発見すること。
3つめがIRST(赤外線捜索追尾装置)などにより赤外線で探知することです。


最近はこれに加えてデータリンクによる情報共有なども加わりましたが、基本はこの3点であることに変わりは有りません。
可視光、赤外線、電波は、すべて空間を秒速30万キロメートルで伝播する光の一種であり、光の波長(周波数)によってその特性が変化するため、各波長帯によってその名称が異なっています。

Wikipediaより拝借。
真ん中が可視光、その右側の少し波長が長いのが赤外線、さらに右のもっとも波長が長いは電波です。
可視光より波長が短い左側は今回は扱いません。ミサイル接近警報装置などのように紫外線を用いるセンサーも実用化されていますが、とりあえずは無視してOKです

近代戦闘機における機上搭載電子機器の総費用は数十億円に達しますが、そのうちの約90%がこれらの電磁波を捕らえるセンサーが占めています。費用だけではなく重量や電力も同様です。

1:可視光による索敵

人類にとって航空機を探知するという試みは可視光によって捕らえるという段階からスタートしました。
可視光による索敵の最大利点はなんと言っても高度な技術を必要とせず、センサーに掛ける費用や資源がゼロですむと言うことです。
人間は誰しも優秀な可視光センサーである「目玉」を2個持っていました。最初に可視光を利用するようになったのは至極当然の流れであると言えます。また、波長の短い可視光は非常に分可能が高いため、ものをクッキリハッキリと見ることができ、敵味方識別も(比較的)容易でした。
現代では「Mk1アイボールセンサー」などと揶揄して言われるように、「目玉」は1913年メキシコ内戦において史上初めて空対空戦闘が生起して以来、機上搭載レーダーにより発見・射撃が可能となる1950〜60年代までの約半世紀の間、唯一無二の実用的なセンサーで有り続けました。
「可視光探知の弱点」を補う他のセンサーの登場により、その相対的な地位は下がりつつありますが、現代でも重要さはいささかも衰えていません。

「可視光探知の弱点」とは言うまでもありません。あまりにも太陽に依存すぎるということです。
太陽は非常に広帯域の電磁波を発していますが、その中でももっとも強力なのが可視光です。人間の目玉が可視光を捕らえる最適な能力を備えているのは、地球における進化の形として当然の結末です。(そもそも人間の目で見ることができるから「可視光」なわけですが)
太陽のない夜間などは文字通り「一寸先は闇」であり、完全に無力化されてしまいます。

第二に可視光は大気中に浮かぶ水やちりなどの粒子の影響を非常に受けやすいということ。視程は大気の状態によって大きく左右されます。霧や雲を透かしてその先を見ることは出来ません。たとえ晴天時においても空気という存在が有る以上その視程は限られてしまいます。

第三に個人差が非常に大きく、生まれ持った素質に左右されやすいということです。超人的な撃墜記録を持つエースパイロットは皆一様に目が良いことが知られています。(たとえば飛行機のお話でも連載したG大佐のような)

以上をまとめると、夜間や悪天候時においては索敵がほぼ不可能。しかも個人差が大きいと言うことです。
各国は、より遠くから発見し、先手をとって攻撃を加えるために、可視光に頼らない他の手段による索敵を求めるようになりました。

1.5:音波による索敵

飛行機はエンジンの騒音とは切っても切り離せない関係にありますから、可視光の次は音による索敵が実用化されました。これは空中聴音機と呼ばれ、第一次大戦中に本土を爆撃されたイギリスは率先してその配備を進めました。
しかし電磁波に比べ、空気の波動である音は非常に遅く、年を追うごとに劇的に高速化する飛行機の進歩には全く対応出来ませんでした。
また、遠方の音を察知するとなるとどうしても大型化してしまいますし、それより何より自機の音の方が五月蠅かったため、機上搭載はかないませんでした。

2:電波による索敵

電波による索敵、すなわちレーダーとは電波を発振し、その反射波を捕らえて索敵するものを言います。
その起源は偶然の産物でした。イギリス人のロバート・ワトソン・ワットさん(電力の単位をはかるワットの元となった人の孫です)が、電波を用いた電離層の反射性質を研究中、航空機がたまたま通過したことにより発生した電波障害を観測したことに端を発します。
「あれ、これ航空機の索敵に使えるんじゃね?」と気がついたワトソン・ワットさんが世界最初に実用化しました。
これを機にイギリスからは空中聴音機が消え、バトルオブブリテンでその名をとどろかせた、かの有名なチェインホームレーダーが急速に設置されてゆくことになります。
ワットさんがいなければ、空中聴音機でマジメに迎撃管制をやってたかもしれません。

ちなみに、ドイツのポーランド侵攻からフランス侵攻までの間のいわゆる「まやかし戦争」中、イギリス空軍はドイツ本土の湾港爆撃を敢行しましたが、当時レーダー迎撃を行っていたドイツ空軍により、爆撃機(大部分がブレニム)は片っ端からたたき落とされてしまっています。
何のことはありません、最初の本格的なレーダー迎撃による防空戦として知られるバトルオブブリテンの前に、ドイツ空軍はその有効性を自ら証明していたのです。しかし、ドイツ空軍はその有効性の研究を怠りました。イギリス本土侵攻にあたり、こんどはドイツ側が片っ端にたたき落とされる羽目になってしまいました。

そして空対空戦闘におけるレーダーの活用も、ほぼ同時期に始まりました。
現代のレーダーはだいたい10GHz、波長3cm前後の周波数を使用します。この周波数帯の電波をマイクロ波と言います。波長がセンチメートルなのにマイクロ波とは不思議ですが、実用化された時点においてはマイクロ=すなわち小さな波長だったことに由来します。
マイクロ波の特徴はなんと言っても大気による吸収がほとんど無く、雲などの粒子による散乱もきわめて少ないと言うことです。太陽光にも依存しないため、夜間にも変わらぬ視程を発揮することができる上に、人間の目では捕らえることの出来ない長距離の標的も探知することが出来ます。
そのため、先手を掛けることが最重要である空中戦において、現代ではマイクロ波はもっとも重要な電磁波として多用されるようになりました。現代戦闘機においてレーダーは必須の装備です。

しかし、多用されるがゆえにマイクロ波は対抗手段の発達ももたらしました。いわゆるECM、電子対抗手段です。レーダーは妨害されやすい上に、自らの「シグネチャー」すなわち、自分の存在を知らしめるサインを出してしまうという大きな欠点を抱えるようになりました。
レーダーと同様に、戦闘機は何かしらECMをほぼ必ず装備しています。チャフディスペンサー、レーダー警戒受信機、ジャミング発生装置、曳航式デコイなどなど。
そのため、マイクロ波による発見や照準を成功させるには、ECMへの対抗手段「対抗電子対抗手段:ECCM」能力に左右されます。
レーダーに発見されにくいステルス機も広義の上ではECMの一種です。

3:赤外線による索敵

絶対零度以上の物質はすべて例外なく電磁波を発しています。
我々が生活する常温下や、ジェットエンジンのような1000度近い金属の発する電磁波は、丁度赤外線の波長に集中しています。つまり物質の放射する赤外線を感知することが出来れば、たとえ闇夜でも相手を発見することが可能となります。

赤外線センサーは最初に空対空ミサイルのシーカーとして、後にIRSTいわゆる赤外線捜索追尾装置として実用化されました。
一言で赤外線と言っても、波長によって様々な特性があり空対空戦闘用のセンサーとしては、3〜5um(マイクロメートル) 8〜14umの波長の赤外線を多用します。これ以外の波長帯の赤外線は大気中の酸素、二酸化炭素、水によって大きく吸収・散乱されてしまうのです。


またもwikipediaより拝借。
横軸が赤外線の波長(um)、縦軸が透過率(%)です。
色が塗られている波長の赤外線は、大気を効率よく通過できます。この、大気の透過率の高い波長を大気の窓と呼びます。

ジェットエンジンは、可視光に近い3〜5umの近赤外線を中心に、全波長帯域にわたって非常に強い赤外線を発します。
AIM-9BやK-13と言った初期の赤外線誘導ミサイルは、2-4umの近赤外線を感知するセンサーを備えていました。
「初期のミサイルは弱い赤外線が感知出来なかった為に後方からしか攻撃出来なかった」という、よくありがちな説明は厳密に言えばウソです。
機体の摩擦熱などによって発せられる、いわゆる常温に近い温度の物質が放射する赤外線は8〜14umがもっとも強く、AIM-9XやASRAAM、たぶんAAM-5なんかもこの波長を感知可能なセンサーを持っており、全周囲からの攻撃が可能となりました。
地上の建物や戦車などもこの波長帯の赤外線を放出するため、FLIRなどもこの波長帯を可視光に画像化しています。

ここ数年IRSTを装備した戦闘機が増えてきましたが、IRSTは3〜5umと8〜14umの波長帯両方を感知することが出来ます。
赤外線による索敵の利点は夜間でも影響を受けないこと。また、マイクロ波ほどではありませんが、可視光線よりも大気中の粒子に強く、遠くを見通すことができます。赤外線に対する妨害手段をIRCMと呼びますが、マイクロ波ほど妨害に弱く有りません。そして、シグネチャーを出さないことです。奇襲攻撃が命!の戦闘機にとっては非常に大きな要素です。

ただ、良いことずくめならとっくに赤外線による索敵が主流になっているはずです。赤外線による索敵には大きな弱点があります。
一つめに正確な位置を把握できないこと。IRSTで知ることが出来るのは相対的な方角のみです。近年、複数機による三角測量が研究されていますが実用化には至っていません。たぶん。
二つめに赤外線は普遍的に存在することです。数十キロメートル先に存在する赤外線放射物体をセンサーが捕らえても、それは数ドットの点にすぎません。その他沢山の放射源と混じって探知されます。均一の背景の中で点を探すのは容易かもしれませんが、TVの砂嵐のような背景の中から探し出すのは大変なことです。どうしても点が大きくなるまで=接近しなくては判別出来ません。(レーダーにおける「ルックダウン」と同じです)
三つめに、その数ドットの点が味方の飛行機かもしれないと言うことです。

アメリカ軍の戦闘機には殆どIRSTが搭載されていませんが、こうした弱点を嫌ってのことであり、またECM/ECCMに勝利する自信が有ってのことなのでしょう。

空中戦はセンサーだよ兄貴!!

センサーの戦いに勝利すると言うことはぶっちゃけて言えば、システムの力によってパイロット全員が坂井三郎になれると言うことです。
こうしたセンサーの戦いは、出来るだけ人間を介在させず、パイロット全員が高い能力を発揮出来るようにする目的が根底に有ります。
もちろんシステムを使いこなすパイロットの練度の重要性が失われることは有りません。
しかし、それ以上に機体の(システムの)性能差が、戦力の決定的違いになりつつ有ります。
(というか、もうなってる?)

(更新日:2009年12月07日)


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