第111回:空対空戦闘4 戦闘機の旋回性能と人間の限界

人間のG制限

「ドッグファイト」戦闘機対戦闘機において、相手の死角である背後を取り合う格闘戦闘をこう呼びますが、継続した急旋回を何度も繰り返すことから、パイロットに非常に高い遠心力による負担を強いてしまうことで知られています。
このコラムを読まれている殆どの方はご存じと思いますが、パイロットに掛かる遠心力を地球の地表面での重力加速度9.8m/s2を1とした「G」という単位で表します。
高いGは様々な悪影響を人体与えます。そりゃあもう、飛行機を降りたあと口周りにマスクの跡ができてカッコワルイ(笑)とか、戦闘機パイロットの職業病は「ぎっくりクビ」だとか色々です。そのうち最も致命的なものが「G-LOC」です。G-LOCは「Gによる意識の喪失」の略語です。足下方向に高いGを掛けると体内の血が脳に回らなくなり、次第に視野が狭くなるグレーアウト、そして視野を失うブラックアウト現象を生じ、最悪の場合は文字通り意識の喪失に至ります。G-LOCが原因で死亡事故に至った例は枚挙にいとまがありません。


( 防衛省ウェブサイトより)
写真は入間基地に設置されている遠心力発生装置です。12Gを発生でき戦闘機パイロットの耐G能力を試験します。航空自衛隊のパイロットになるには最大7Gを10秒間耐えなくてはなりません。輸送機や救難機のパイロットになるにしてもです。戦闘機パイロットの場合は9Gの負荷が試されます。この際「Gスーツ」を着用しないため、実際に戦闘機に乗っている以上のG-LOCの危険性を受けることになります。
Gスーツは体感で2G程度軽減する効果が有ると言われていますから、本装置での9Gは戦闘機における11Gに匹敵します。世界中を見回しても長時間継続して8G、9Gに耐えられる人間は居ないでしょう(瞬間ならともかく)」。

現代戦闘機の旋回性能はどの程度なのか?

●機体構造の限界
一方、戦闘機の性能と機体構造はどの程度のGに耐えることができるのでしょうか。F-15イーグルを例にとってみましょう。
F-15は外部兵装を一切搭載しないクリーン時など軽量な場合は最大9Gの荷重に耐えうるよう設計されています。実際9Gを越えてもすぐに破壊されるわけではありませんが、機体寿命と安全性の面から制限されています(恐らくx1.5の13G程度はもつが、X線検査行き確実)。よってF-15という戦闘機の限界が9Gと思っても良いでしょう。
なお、過荷重警報システム(Overload Warning System)を搭載していないF-15は最大7.3Gに制限されます。「オーバーG オーバーG」ってベティちゃんに言わせる機械のことだと思います。空自のF-15Jには搭載されているようです。昔パイロットに9G出せるって聞いたので。

●コーナー速度と瞬間旋回能力
戦闘機に限らず飛行機はある一定のGで旋回をする場合、失速速度にGのルートを掛けた速度を必要とします。その速度以下の場合、機は失速してしまい旋回を継続することができません。それでも無理に操縦桿を引いた場合、デパーチャー(操縦可能領域の逸脱)を引き起こし、最悪スピンなどに陥ります。F-15はCASと呼ばれるコンピューター制御の機構が組み込まれているため、操縦桿の入力を自動的に弱めた上で舵に伝達されデパーチャーを未然に防止します。多分(笑)

機体重量35,000ポンド(ミサイルを一切搭載しない)のF-15は、ギアとフラップを上げた状態における海面高度上での失速速度はおよそ120ktですから、

旋回時の失速速度 = 水平飛行時の失速速度 × √G

以上の式に代入すると4Gの旋回をするには240kt、9Gの旋回をするには360ktの速度が最低限必要です。360ktはF-15(機体重量36,000ポンド時)にとってもっとも高い旋回能力を発揮できる速度であり、これを「コーナー速度」と呼びます。F-15はコーナー速度の360ktで9Gを掛けた旋回を行うことによって、27.5度/秒の旋回率を発揮することができます。この、ある戦闘機にとって最も性能を発揮した旋回を「瞬間旋回能力」と言います。旋回率は以下の式でおおよその値を求めることができます(厳密には異なるのですが、僅かな違いなのでこの際割愛)。

旋回率(rad/s) = 9.8 × G ÷速度(m/s)

●維持旋回能力
F-15の瞬間旋回能力は毎秒27.5度であることが分かりました。計算上は約13秒で一周旋回可能となるわけですが、実際は不可能です。と言うのも、高いGを掛けて瞬間旋回能力を発揮すると、戦闘機は強烈に減速します。すなわち失速速度を下回ってしまうためGを緩めなくてはなりません。速度を失うにつれ、旋回能力も失われてゆきますから、無思慮な瞬間旋回能力の発揮は後々に不利になってしまいます。
そこで重要となるのが「維持旋回能力」です。維持旋回能力とは一定のGを掛け続けてもエンジンの推力によって減速を防ぐことが可能な最大旋回率を言います。
F-15(機体重量35,000ポンド時)の維持旋回能力は海面高度上において480kt(マッハ0.73) のときに21度/秒であり、 燃料が切れない限り永久に毎秒21度で旋回することができます。ちなみにこの時にも9Gが掛かります。恐らく機体構造の制限が無ければさらに高い旋回率を発揮できたでしょう。

人間がF-15のポテンシャルを阻害する

知ってのとおりF-15は優れた推力重量比を有する強力な戦闘機です。その維持旋回能力は極めて高いレベルにあり、第二次世界大戦の戦闘機に匹敵・または上回ることさえあります。(40年代戦闘機の維持旋回率はおおむね20度/秒前後)
しかし、F-15で第二次世界大戦の戦闘機並みの維持旋回能力を発揮することは困難です。もうここまで読んだ皆さんはお分かりですね、第二次世界大戦の戦闘機は遙かに遅い速度でしたから、低いGで維持旋回能力を発揮できました(ただし、Gスーツがありませんでした)。
一方、F-15はパイロットの身体的な限界から9Gの旋回を維持できません。実質不可能であると言って良いでしょう。現代戦闘機の性能は、もはや人間を遙かに上回るレベルに存在します。ですから、操縦するパイロットの耐G能力が高ければ高いほど有利に戦闘を進めることができるとも言えます。

もう、いっそのこと人間なんて乗ってない方が良いのかもしれませんね。

かといって、こんな戦闘機が20G旋回で有人戦闘機を追いつめる姿を見たくありませんが(つд`;)

ただ、F-15における機体重量35,000ポンドは非常に軽い場合のみですし、海面高度で旋回するなど、実際エアショーでなければあり得ませんから、実際はもう少し性能が落ちます。
参考までにAIM-9x4,AIM-7x4 落下増槽x1を搭載 重量41,000ポンドにおいては構造上のG制限が8.2Gとなり、失速速度はおよそ130ktなのでコーナー速度は372ktまで上昇、瞬間旋回率は24度/秒となります。維持旋回率は海面高度上において500kt(マッハ0.75)で8.2G、旋回率は14度/秒にまで下がります。高度20,000ftにおいては560kt(マッハ0.85)で5.1G、旋回率は7.5度/秒となります。

F-15Eストライクイーグルの場合、多少重くなっておりますが武装時にも9Gを発揮でき、30%も推力が強力、かつバイパス比の低いエンジンを搭載しているので、特に高々度における維持旋回率は改善されている「かもしれません」。 (残念ながらF100-PW-229エンジン搭載機のデータが手元にありません)

(更新日:2010年11月9日)
関連:戦闘機とドッグファイト 2章 速度エネルギーと高度(位置)エネルギー


余談ですが、「ゴルゴ13」はF-15の後席に搭乗し、12G旋回して前席のパイロットを失神させたことがあります。さすが何をやらせても超一流のプロ。


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