第116回:中国プロペラ機の日本領空接近・なぜ戦闘機で対応するの?

中国当局機の領空侵犯


 2012年12月13日。中国当局機がはじめて日本の領空を侵犯する事件が発生しました。盛んに報道されていることから、皆さんご存じのことと思います。

 領空侵犯した中国機は、国家海洋局所属のY-12というプロペラ機でした。これに対して航空自衛隊は、那覇基地に駐留するF-15を緊急発進させました。中国は「非武装機に対して戦闘機を繰り出してきた日本」を国内外にアピールするねらいがあったのでしょう。そして実際そのとおりになりました。

 領土や領海への侵入は海上保安庁や入国管理局、警察(国によっては国境警備隊)などの警察権を有する文民としての機関が対応にあたっています。一方、領空への侵入だけは「対領空侵犯措置」として航空自衛隊が自衛隊法に基づき担当しています。

 基本的に日本以外の国でもこの事情は殆ど変わりません(もちろん軍隊が陸上・海上の国境警備をしている国もあります)。なぜ空だけは自衛隊(軍隊)が担当しているのでしょうか。中国当局機は小型の民間用飛行機を流用した非武装プロペラ機でした。これに対して、なぜ軍用機である超音速ジェット戦闘機で対応しなくてはならなかったのでしょうか。

ハルビン Y-12

理由1:飛行機は非常に高速である

 皆さんは旅行などに出かける際、どういったときに飛行機を使いますか?目的地が千キロ、一万キロと遠い場合は、よっぽどの物好きでない限り飛行機を使うと思います。

 飛行機という乗り物は陸・海の移動手段とは異なり、圧倒的に高速であることが最大の特徴です。一般的な旅客機は風向き次第では1000km/h以上、いかなる陸海の交通手段よりも高速に移動できます。Y-12のようなプロペラ機でさえ最大速度は300km/h、一秒間に100m近くを移動してしまいます。そのため領空の警備においては時間的なゆとりが殆どありません。

 当然ながら領空を警備するにはさらに高速な飛行機を必要とし、なおかつ機敏に動けなくてはなりません。それだけではなく相対速度が非常に大きいですから、目視圏外から対象を捉えるレーダーや、JADGEのような迎撃管制と情報を共有装置するネットワークへの接続も必要です。

 こうした機能を有する飛行機は航空自衛隊(空軍)の保有する超音速ジェット戦闘機をおいて他にありません。海上保安庁保有のジェット機やヘリコプターなどで空の警備は実質的に不可能なのです。

理由2:飛行機は空中に停止できない


 尖閣諸島周辺の監視や、尖閣諸島への接近阻止は主に海上保安庁の巡視船によって行なわれています。海上警備も、飛行機による空中警備も、地図上において担当する面積は基本的に同一です。どちらも広大な面積をカバーしなくてはなりません。その点において、飛行機に比べて圧倒的に速度の遅い巡視船による警備は、飛行機とはまた違った困難があります。

 しかし海上は戦闘機のような圧倒的な速度性能をそれほど必要としません。なぜなら巡視船はその場に停止できるからです。大型の巡視船ならば数日間にわたって同じ海域に止まることができ、長時間警備を行なうことができます。

 一方飛行機は空中に停止できません。ある一定の速度以上ないと機は失速して墜落してしまいますし、ゆっくり飛行しても精々数時間しか燃料が持ちません。そのためかならず遠方の飛行場を拠点とし、必要に応じて緊急発進(スクランブル)しなくてはなりません。これもまた領空警備には速度に優れた飛行機=戦闘機が必要な理由です。

 飛行機が空中に停止できないということは、相手の行動を停止させることもできないと言うことでもあります。船のように相手の針路をふさぐような行為や、相手の船に乗り移るような行動はできません。そのため、時には警告射撃を行なうなど、相手を撃墜可能な能力をちらつかせながら、追い払うなり強制着陸させるなりする能力が必要です。これもまた戦闘機以外にはできません。

 以上。ここまでハードウェアのお話。このような理由により、空中の警備「対領空侵犯措置」は、航空自衛隊でなくては不可能なのです。

領空に近づく中国機は撃墜しろ! 本当に撃墜して良いの?


SPEED was LIFE!

 ネット上では「領空(または防空識別圏)に近づく中国機を撃墜しろ」だの、なんとも血の気の多い自称愛国者の書き込みが多く見られます。

 防空識別圏とは、「この圏内に入ると対領空侵犯措置を講ずる。事前に日本当局に飛行計画を提出せよ。」と、防衛省が定めているラインであり、そもそも基本的にこれに進入すること自体は何ら法に抵触するものではありません(そもそも法律ですらない)。

 一方、領空は国家の主権が及ぶ範囲であり、勝手な侵入は明確な主権侵害となります。この領空への侵入「領空侵犯」した航空機は、一部ネット上で叫ばれているように、本当に撃ち落としてしまって良いのでしょうか?

 実際に撃墜してしまった例をみてみましょう。2012年6月。シリアはトルコ空軍のRF-4偵察機を撃墜しました。撃墜の理由はトルコ軍機が海上の領空へ侵入したためと発表されています。この事件において、本当に領空の侵犯があったかどうかは不明です。一つ言えることは、世界中の多くの国が偵察活動を行なったトルコに同情的で、シリアを批難した。ということです。

 言わずとしれたことですが、RF-4は戦闘機を改造した偵察機です。その偵察機をいきなり撃墜してしまったシリアの例でさえ、撃墜した側に批難が集中したのですから、もしもたかがY-12のごとき小型機を自衛隊が撃墜してしまったとしたら、世界はどういう目で日本を見るのか。容易く想像できるはずです。 圧政を敷くシリアと日本では国際的影響力が桁違いですが、それでも世界は中国に同情的となるでしょう。

 人命が耐久消費財でしかない中国にとって、「非武装機に対して戦闘機を繰り出してきた日本」以上の効果を得られるのですから、まさに望外の喜びです。即時撃墜しろなどという自称愛国者さんたちは、すこし視野を広くもったほうが良いでしょう。21世紀の現代において、海上における数分間の領空侵犯で問答無用の撃墜など、ならずもの国家の仕業以外の何物でもありません。

 もちろん、あらゆる状況下において撃墜を否定しているわけではありません。いつまでも手をこまねいて傍観するしかない現状も、即時撃墜と同等に問題があります。領空侵犯における武器使用(または対象機撃墜)の線引きは、明確にされなくてはなりません。現状の自衛隊法では、平時における領空侵犯機の撃墜は原則的(正当防衛・緊急避難を除き)に、たとえ内閣総理大臣の命令であっても実行できません。

自衛隊法第84条(領空侵犯に対する措置)
 防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法(昭和27年法律第231号)その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる。 

続く...
(更新日:2013年2月3日)

領空侵犯措置法講義
http://gunjihougaku.la.coocan.jp/newpage25.html


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