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(STOL/MTD)
NF-15B STOL/MTDはShort Take-Off and Landing / Maneuvering Technology Demonstratorの略称で、すなわち短距離離着陸及び機動テクノロジー研究機である。
1984年に空軍によって計画が開始され「アジャイルイーグル」プロジェクトと命名された。STOL/MTDをさらに略してF-15S/MTDと呼ばれる場合も多い。本機の最終的な目的はワルシャワ条約機構軍の航空攻撃により破壊された滑走路から、非破壊部のみを利用し離着陸する事を目的とした短距離離着陸実験である。
V/STOL機を使えば滑走路の破壊など気にする必要はなくなるが、アメリカは肝心のV/STOL機の開発に失敗しており、西側唯一のV/STOL機である英国ホーカーシドレーハリアーは速度も亜音速までであり、ペイロードも戦闘行動半径も既存機に比べ著しく低かった。こうした背景がF-15STOL/MTDを要した理由である。
本計画はF-15の試作段階で製造された8号機、最初の複座型のF-15B 71-290(F-15試作機参照)を改造することによって開始された。
やはり、一番目に付くのはコックピットやや後方に装着された20度の大きな上反角を持ったカナードであろう。このカナードは面白い事にマクダネルダグラスF/A-18ホーネットのスタビレーターを流用しており、デルタの主翼とあわせたクロースカップルトデルタ形式に近いスリーサーフェス(三面翼)となっている。クロースカップルトデルタの最大の利点はカナードが生み出した渦流が主翼上面に当たり通過することにより低速飛行時でも高い揚力を発生させ、高AOAにおいて失速を遅らせる効果である。空中給油を行う場合にはカナードが極めて邪魔のように見えるが、大きな問題ではないようだ。
(F-15 IFCS)
なお上写真のように、機関砲口を持たず固定武装の機関砲は弾倉ドラムごと装備されていない。
これはカナード装備によるものではなく、本F-15B 71-290が複座F-15の試作機であった頃から装備していない。仮に機関砲を装備していてもカナードを撃ち抜きかねない。
(F-15 ACTIVE)
同様に量産機に比べエアブレーキの面積もおよそ半分程度である。
プラット&ホイットニーF100-PW-220エンジンに極めて特異な形状をした矩形の二次元TVC(推力偏向コントローラー)を装着した事も大きな特徴である。可動範囲は上下20度で、低速域において舵の効き難くなったピッチング・ローリングを補助した。さらに、スラストリバーサーを備えている。ノズル部の増設によりエンジン重量はやや増えている。
操縦装置は統従来のCASから合飛行推進力制御(Integrated Flight Propulsion Control:IFPC)を介す4重系統のバックアップの完全なデジタルフライバイワイヤとなった。IFPCのモードを離陸及び着陸進入・着陸・巡航・そして戦闘の4つからクルーが適宜切り替えることにより制御が行われる。エンジンノズルもデュアルチャンネルノズルコントローラを介し、最適な状況を自動的に判別し可動される。
本STOL/MTD F-15B 71-290は、アジャイルイーグルプロジェクトが開始される前にF-15Eストライクイーグルのアビオニクステストベッドとして使用されていたため、多くの機器が一新されている。操縦席はグラスコックピット化し、カイザー製の広視野HUDに3つのカラーMPDを搭載。後席には2つのカラーMPD及び2つのモノクロMPDの計4個を備えF-15Eと同様のレイアウトを持つ。レーダーもF-15EやMSIP適用F-15Cと同様のAN/APG-70に換装されている。AN/APG-70レーダーの最大の特徴である合成開口レーダーモードを使用し、遠方から飛行場を探し出すとともに、早期に滑走路の破損状況を確認できる利点を持つ。さらにはLANTIRNを装備することにより夜間においてもMFDやHUDに滑走路の破損状況を投影することができる。
レーダーやLANTIRNなどを持ち、システム面でF-15Bのストライクイーグル化されているSTOL/MTDであるが、けっして戦闘用のためのものではなく、あくまでも正確に非破壊部にタッチダウンする事を目的とした装備である。なお、レーダーは後に撤去され、機首部には大きなピトー管を装備した。
(STOL/MTD)
STOL/MTDの初飛行は1989年5月16日に行われ、翌1990年3月23日にはじめて二次元TVCの試験が行われた。アジャイルイーグルプロジェクトは1991年8月15日にSTOL/MTDによる最後のフライトを行った事により幕を閉じた。TVCは取り外されプラット&ホイットニーに返却された。以降の研究はドライデンフライトリサーチセンターで行われる事になる。
達成された成果は必要滑走路長460mで、通常のイーグルの必要滑走路は最短で1067m、テイクオフアボートを考えおよそ2000mであるから、半分以下に短縮された。素晴らしい数値である。
さらに、高い臨界迎え角性能を実現し、かつIFPCに戦闘モードがあるように、副次的ではあるが空中戦闘機動(ACM)の面での試験も行われ、通常のイーグルに比べ高い機動性能を見せた。
しかし、スリーサーフェスやTVCによる機動は比較的低い速度であるほど効果は増大し、通常のACMが行われる400kt付近では既存機に比べあまり高い効果は望めない。また、極めて大きなエネルギーを損失する。“SPEED is LIFE!!”すなわち ―速度こそ命― これはACMの基本中の基本であり、戦闘機乗りの合言葉である。過剰な旋回は速度エネルギーを無駄に殺しかねず、速度の低下は死に直結する。確かに機動性の向上(特に低速度域)は実現したが、それが100%全てのACMで通用するかどうかはまた別の問題である。F/A-22ラプターもSTOL/MTDによく似た二次元TVCを装備しているが、ラプターは速度エネルギーの損失を莫大な推力で、ある程度補う事ができる。
ACMにおいて速度以上に重要な事は先手発見・先手必勝である。カナードによる視界の制限というリスクもけっして無視できるものではない。また超音速以上でのロールレートは向上したが、亜音速以下でのロールレートは低下している。
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NASAのドライデンフライトリサーチセンターは、1993年にNF-15B STOL/MTD(F-15S/MTD)を空軍から委託され、受領した。以降、空軍、マクダネルダグラス、プラットアンドホイットニーに加えドライデンフライトリサーチセンターが主体となってSTOL/MTDに三次元推力偏向装置を搭載した研究が行われることとなる。
ドライデンフライトリサーチセンターはロジャーレイク乾湖に隣接するエドワーズ空軍基地内に同居している。YF-15が初飛行を行った地でもある。
模様のように方角や滑走場所が示された広大な乾湖は関東の三浦半島とほぼ同等の面積を持つ。飛行機からしてみればほとんど無限の「滑走路」を備えているといっても過言ではなくX-1やX-15、さらに世界で最も高速で接地するスペースシャトルの着陸地としても使用されていた。
STOL/MTDはACTIVEと改名された。ACTIVEとは、いわゆる能動的なという意味のアクティブと掛けているのであろうが、正しくはAdvanced Control Technology for Integrated Vehicles、すなわち統合航空機先進制御テクノロジーの略称である。
STOL/MTDはF-15をはじめとする戦闘機の短距離離着陸の研究機であったのに対し、ACTIVEは軍民問わず、将来の航空機の操縦性技術の向上を目的とした。
(ACTIVE)
STOL/MTDとF-15ACTIVEの最も大きな違いはエンジンであり、A/B時推力がおよそ30%増加しストライクイーグルに装備されているプラット&ホイットニーF100-PW-229に換装された。上写真でも分かるとおり同社によりPW-229のバランスビームノズルにTVC改造が施されており、STOL/MTDの特徴的なそれとは大きく異なっているので、簡単に見分けることができる。このノズルはPitch/Yaw Balance Beam Nozzle(P/YBBN)と呼ばれ、ピッチ方向(上下)だけではなくヨー方向(左右)へも可動する。
エンジンの制御はドライデンフライトリサーチセンターで研究されていたF-15HiDECの技術を流用したImproved Digital Electronic Engine Controllers(IDEEC)が用いられ、ソフトウェアは一新された。TVCは機体中心線からあらゆる方向に20度の推力偏向が可能で、ノズルの速度は最高で120度/秒以上である。
舵を用いない航空機の操縦研究が行われた。舵を用いずにピッチング・ローリング・ヨーイングを行い、IFPCのソフトウェアがトリムを最適の位置に自動的に設定されれば、舵面に発生する抗力を最大限に抑える事ができ燃費の向上につながる。こうした技術を将来的に民間機や軍用機(戦闘機に限らない)に適用すれば大きな経済的節約につながる。
1996年4月24日には最初の超音速ヨーイング方向のP/YBBN推力偏向試験が行われ、続いて後日にピッチ軸とヨー軸の試験が行われた。臨界AOAは最大30ユニットに達したと言う。1年間の飛行試験の間にマッハ2.0、荷重6.5GでのP/YBBNを用いた飛行制御にも成功している。
1996年のACTIVE最後の飛行では、高度30,000ftで水平飛行状態においてエンジンの推力を一切動かさずにマッハ1.3からマッハ1.4への加速を行う事に成功し、ソフトウェアが有効に作用する事が実証された。
(ACTIVE)
このほかにも現在計画されている第二世代超音速旅客機のエンジン騒音を抑える高速音響学研究という、面白い試験も行われており、ノズルを完全に開いた状態で排気熱を冷気と混合する事によりノズル排気口から発生する騒音が減少する事を、ロジャーレイクの北東に30個のマイクを1マイルにも渡り展開し、上空をACTIVEを飛ばすことにより確認している。この研究により将来の航空機の騒音レベルを相当低下させる事ができるという。
ACTIVEは素晴らしい曲技を見せるスーパーフランカーのような見た目から、まるでF-15の最高進化系のように思われているが、STOL/MTDで得られた結果からACTIVEもエンジンの推力向上・P/YBBN三次元推力偏向装置、そして飛行制御ソフトウェアの改良により実際にいくらかは向上しているであろうが、そもそもACM能力の向上を目的としていない。ACMではないがフランカーのコブラようなポストストール機動などは実施したという記録は無いし、仮に機動自体は可能であってもエンジンフレームアウトのような事態も十分ありえる。事実上不可能、且つお門違いである。そのようなACMに繋がる研究はF/A-18HARVやロッキードが保有するF-16MATV(VISTA)のような機で行われており、臨界AOAは70ユニット近く、コブラ機動も実際に行っている。究極にはヘルプスト機動が可能なX-31であろう。
ACTIVEの目的はあくまでもは将来的な民間及び軍用の航空機に投入されるソフトウェアを中心とした次世代技術の開発支援を行う事である。
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(IFCS)
F-15IFCSはIntelligent Flight Control System、知的飛行制御システムの略称であり、機体が正常な状態でも、戦闘における被弾等によりなんらかの故障が生じた状況でも、搭載する自己学習ニューラルネットワークシステムにより安全な飛行制御を維持するための研究を目的としたテストベッド機である。
ニューラルネットワークとは直訳すると神経細胞網で、脳の神経細胞網をソフトウェア上で模擬したもので、従来の1つ1つの個別処理を行う事無く、脳の神経細胞網のように情報を並列・分散処理し記憶、学習するものである。
F-15IFCSでは、自己学習ニューラルネットワークシステムを活用し、万が一機体が損傷した場合など飛行特性が著しく変化しても、新たに変異した飛行特性をリアルタイムで自動的に「学習」しつつ「判断」し、パイロットへ変化の無いマンマシンインターフェース特性(操縦性)を提供しつづける事を研究する。
1999年にACTIVEの研究飛行が終了しIFCSと改名され、2003年から第一世代ニューラルネットワークソフトウェアを搭載した試験が開始され、2004年からはより即応性が改善された第一世代ニューラルネットワークソフトウェアが搭載され、現在も試験が継続中である。
ニューラルネットワークが航空機に広く適用されれば、何らかの損傷を受けた場合でも無事に着陸する事ができ、重大な事故を未然に防げるものと大きく期待されている。
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STOL/MTDから発したF-15B 71-290のスタイルはとても特徴的で面白い。
ドライデンフライトリサーチセンターのサイトでACTIVEおよびIFCSの高解像度の写真を多く公開している。興味があればぜひ見ていただきたい。
NASA DFRC F-15 ACTIVE
NASA DFRC F-15 IFCS
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■PICTURE
f15smtd01.jpg - USAF
f15smtd02.jpg - NASA
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f15active03.jpg - NASA
f15ifcs01.jpg - NASA
f15ifcs02.jpg - NASA