AN/APG-63レーダー

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【AN/APG-63】

写真は米空軍F-15Dである。最近では眼鏡をかけたパイロットも少なくないようだ。一昔前にMk1アイボールセンサーが衰えてしまっていたら不適格として戦闘機を降りる運命に有っただろう。
空中戦における索敵手段がいかにレーダーに依存しているかを表している。

空中戦の原則は見敵必殺・先手必勝。目の役割を担うレーダーは心臓たるエンジンに次ぎ戦闘機における最重要機器である。



イーグルの目となるレーダーはヒューズエアクラフトAN/APG-63である。
91.4cmの直径を持つ大型のAS2717プレナーアレイアンテナを備えたXバンド(8〜12GHz)のセンチ波を使用するコヒーレント型パルスドップラーレーダーである。
操縦士一人でレーダー操作が可能なように反射波は全てセントラルコンピューターIBM CP-1075 24k(MSIP改修で96kに拡張)を介し処理され、兵装管理システムAN/AWG-20の情報と合わせコックピット正面パネルのハニーウェル社製のCRTモニターであるVSD(垂直状況状況ディスプレイ)とAN/AVQ-20 HUD(ヘッドアップディスプレイ)に2次処理されたシンボルIDとして表示される。前世代のF-4のようなレーダー手がクラッター・ノイズだらけの「生の反射波」から職人技(ファントムライダー曰く)で標的機を探し出す必用は無くなった。F-15を単座戦闘機とする上で最重要の課題であった。

ヘイゼルタイン社製AN/APX-76IFFインタロゲーター(敵味方識別装置送信機)を装備しており、レーダー走査と同期しIFF質問波を出力することにより、リットン社製のIFF用リプライエバリュエーター(応答評価装置)を介して自動的に友軍機か不明機かの識別されたシンボルが表示される。
IFF送信波を出力するか否かは操縦士が任意に決定することができる。ただしIFFは応答があった場合は友軍機と判断するものであって、正確に「敵」と識別する装置ではない。実戦での湾岸戦争項でIFFの問題点は後述する。
(AN/APX-76)
イーグルはノースロップグラマンAN/APX-101IFFトランスポンダーを装備しIFF質問波に対する応答波を自動的に送信する。さらにATC(航空交通管制)の二次監視レーダーへの応答も行い、自機の高度をATCに知らせる役割も担う。AN/APX-101はF-16,E-3,F-5,KC-10,P-3,A-10など米空軍の多くの航空機に装備されている。IFFアンテナはプレナーアレイ上の10個の突起である。
(AN/APX-101IFFトランスポンダー)

パルスドップラー式レーダーは送信電波を一定の時間で区切った短い送信波(瞬間波動:パルス)として送信し、何らかの物体(地形や航空機)に当たり反射して戻ってきた時間を計測し、距離を割り出す。パルスは高指向性のビームであるためアンテナの俯角・仰角・方角により高度と方位を探知することができる。
また、動体に当たりパルスが反射した場合におこる周波数の変化、ドップラー効果を利用した周波数の差異により物体の相対速度(接近率)を知ることができる。この効果を利用し地面からの反射波をカットすることにより高いルックダウン性能を持つ。
PRF(パルス反復周波数)を状況に応じて変更する事で様々な目標に対応できるのもパルスドップラーレーダーの強みである。高PRF(つまり短時間で多くのパルスを発するおよそ100〜300KHz)では高高度を高速度で飛行する航空機の探知に適し、長大なレーダー視程を得る事ができる。
中PRF(10〜20KHz)では低速で飛行する目標の探知に適するが高速目標の探知が難しくなり、グラウンドクラッターやノイズが多くなる事により、二次処理されたVSDにはノイズは表示されないがレーダー視程は短くなってしまう。PRFは操縦士が任意に切り替える事ができるが、通常は自動的に高PRF,中PRF,低PRFを交互に繰り返す事により、幅広い標的に対応する事ができる。

レーダーレンジは左サイドコンソールパネルのツマミをまわすか、スロットルレバーの4方向スイッチを上下に動かすことによりVSDの距離軸値を 10nm / 20nm / 40nm / 80nm / 160nm に切り替えることができる。気象状況もクリアで、かつ大型機のような目標に限るであろうがレーダー視程は最大160nm(およそ300km)に達する。160nmという視程はこの当時の戦闘機では群をぬいて長大であり、現在のマルチロールファイターと比しても大変優れている。
走査範囲はアジマス幅 20 / 40 / 60 / 120 度のいずれかで、エレベーションは 1 / 2 / 4 / 6 / 8 スキャン(上・下4段階合計およそ20度幅)を任意に設定することができる。捜査範囲が狭ければ高速に走査することができ、アジマスとエレベーションをあまり広くしすぎると1回の走査を完了するのに10秒もの時間を要してしまう。
目視内における格闘戦に於いてはスーパーサーチ(ACM)モードを使用する。アジマス幅を狭めエレベーションを上下20度(40度)と重視し、最初に捜査範囲に飛び込んだ目標を自動的にロックオン(STTモード)する。視程は10nmである。
なお、APG-63はNCTR(Non Cooperative Target Recognition)能力を持ち、目標機をロックオンする事によりその航空機の機種を判別しVSD上に表示する事が可能である。判別には目標機のエアインテークやエンジンのファンブレードの反射波によって行われ高い指向性を必要とし、判別には近距離であるほどより高い確率で認識できる。脅威データから参照し行われるため、脅威の情報を事前に取得し、かつ目標機の前方を捕捉している場合に限る。

空対地マッピングも可能であるが、基本的に本機の任務の外である。

大変ひどい写真で申し訳ないが(こんな写真でも無いよりかはマシですので…。(撃墜されたF-15イーグルを参照)
RANGEと書かれた10〜160のツマミ、EL SCANと書かれた1〜8のツマミ、AZ SCANと書かれた20〜120のツマミが確認できると思う。F-15はHOTASを採用している。これらのスイッチ類を触ることなくスロットルレバーで同等の操作を行うことができる。
MODE SELのツマミがマルチモードレーダーとしての機能を示している。
(左側のツマミの機能については残念ながら不明)


戦闘機が巨大化しつつあったのは強力なレーダーを搭載し射程の長いミサイルを発射するためである。上の写真はそれを如実に示している。右の小さいものからF-86F,F-104J,F-4EJ,F-1,F-4EJ改(初期のF-16と同等),そしてF-15である。
レーダーの出力とアンテナ径はレーダーの絶対性能を左右する。ジャミングをバーンスルー(接近する事による無効化)するにも、長視程やレーダー反射断面積(RCS)の小さい機を探知するにも有利である。
最新のマルチロールファイターの装備するレーダーは総じて小型で出力が小さい。物理的に巨大なレーダーを搭載できる事は現代の目視距離外(BVR)戦闘において大きな有利となる。

1979年AN/APG-63にプログラマブルシグナルプロセッサー(PSP)が組み込まれた。これによりハードウェアを一々再構築する事無くソフトウェアのプログラミングで迅速かつ低コストにシステムをカスタマイズすることが可能となった。加えて様々な改良を受けている。
等であり、既に生産され装備されていたAN/APG-63にも同等の改良が施された。
プログラマブルなレーダー火器管制装置はAN/APG-63が世界ではじめてであった。しかしメモリー不足により新たな脅威に対応する事が不可能になってしまいPSPによる発展の余地は全て埋め尽くされてしまった。そのためコンピューターを換装した新たなタイプのレーダーが必要とされた。
また、AN/APG-63は性能的には世界に比類なきレベルであったが初期にF-15の稼働率の足を常に引っ張りつづけた。平均故障間隔は15時間という極めて悪い数字であった。F-15に限った話ではないが戦闘機を配備するのには如何に大変であるかがうかがい知れる。なお、現在では60時間以上を実現している。



【AN/APG-70】

AN/APG-70はF-15Eストライクイーグルへの搭載を目的とした、主に空対地能力の強化を目的としたレーダーである。空対空レーダーモードにおいてはAN/APG-63と同等の性能を持つ。
AN/APG-70における対地レーダーモードの最大の特徴は合成開口レーダー(SAR)能力を持つ事である。対地における最大視程は80nmで、極めて優れた地上マッピング能力を発揮する。
機首を中心とした8度は死角となるが、ある任意のレーダー走査範囲内を選択し、3-5秒間走査しその間機体が移動した分の位相差があるデータを保存し、位相差を重ね合わせる事により高分解能な写真画質の地形図を作成する事ができる。その解像度は80nmで13mであり、40nmで5.2m、20nmでは数十センチ単位である。
合成開口レーダーを実現するためAN/APG-70ではCPUの処理速度は3倍になり、メモリーは96Kbから1Mに拡張され
ハードウェア・ソフトウェア共に大幅に強化された。

よって、空対地任務を負わない、「ストライクイーグルではないF-15」にもMSIPによりAN/APG-70を搭載しており、ソフトウェアの対応による性能向上余地は向上した。
但しレーダー自体に合成開口レーダーモードの機能は備えているが基本的に使用できない。


【AN/APG-63(V)1】

AN/APG-63(v)1は、先述したAN/APG-63の陳腐化(特にソフトウェア面)および低信頼性を改善する目的で米空軍向けに161基、韓国空軍向けに40基AN/APG-63(v)1が生産された。送信機、受信機、コンピューター、低電圧電源(アンテナの駆動)、信号データコンバータ等、BIT(自動故障診断装置)、殆どが一新されている。
名前こそAN/APG-63であるが、新たに設計された新型のレーダーである。空対空能力に限ればAN/APG-70を上回っている。
AN/APG-63の問題点であった処理能力の向上、ソフトウェアのメモリーといった大きな問題点が解決し性能向上余地は増大した。また平均故障間隔は15時間から120時間へと信頼性は文字通り桁違いに向上した。
また、ゲイン(出力波)が増大しており、最大視程は160nmと変わりないが(これ以上延長する意味も無いので探知できても表示されない)、戦闘機などRCSが小さい反射源の探知距離が延長されている。
2001年3月にラングレー空軍基地の27FSのF-15Cに初めて装備され、韓国空軍向けのF-15Kにも装備されている。
AN/APG-63(v)1は2005年で生産が終了するが、新たに航空自衛隊向けに100基程度の生産が見込まれている。


【AN/APG-63(v)2】


現在F-15が装備するレーダーで最も強力なものがAN/APG-63(v)2 フェイズドアレイアンテナを搭載したアクティブ電子走査アレイレーダー(AESA)レーダーである。1999年アラスカ州エルメンドルフ空軍基地に所属する第3WING12FSのF-15Cはこの種のレーダーを戦闘機としては世界ではじめて搭載した。2000年には実働体制に就いている。※1

平面状に並べられた多数の位相変換素子(フェイズドアレイ)にそれぞれ電波送受信機が附属し、位相変換量を個別に変えていくことにより機械的な首振り動作を無しにビームの方向を指向し広範囲を極めてすばやく走査する。従来のプレナーアレイアンテナでは広範囲を走査するのに10秒以上の時間を要する事は先述したが、これにより時間差の無いリアルタイムで追跡・走査(TWS)が行えるようになった。特に、エレベーション角の走査範囲は相当拡張されていると容易に推定できる。
また、この高いTWS能力を活かしAIM-120を最大8発をリアルタイムで各個別の目標に中間アップデートを行う事ができるため、複数目標に対する命中率が向上している。
また、稼動部がなくなったため平均故障間隔は格段に向上が見込めるという(数値は定かではないが)。
2004年現在同レーダーを装備した機はアラスカ州エルメンドルフ空軍基地所属の18機のみであり、現在AN/APG-63(v)2の生産はストップしており、殆ど試験的に運用が行われているに過ぎない。この先の生産は不透明である。どうやら、所定の信頼性を発揮できなかった事と重々量化したことが原因であるらしい。わが国のF-2のレーダーにも見られたように所定の性能を発揮しないなどソフトウェア・ハードウェアの整合性に苦しむ例は日米だけではなく、AESAの開発にはどの国でも苦しめられているようである。
なお、アンテナがプレナーアレイからフェイズドアレイに変わった事により、ややRCSが低減しているという不確定情報もある。

現状から察するにAN/APG-63(v)2は殆どたたき台で、その運用成果はAN/APG-63(v)3にフィードバックされると思われるが、おそらくF/A-22を除けばAN/APG-63(v)2を搭載したイーグルに目視外戦闘において対等以上に戦える戦闘機は無いであろう。

※1 世界ではじめてフェイズドアレイレーダーを搭載した戦闘機はMiG-31フォックスハウンドであったが、パッシブ式である。
また「世界で最初に搭載した戦闘機」というフレーズにはややトリックがあり、実用ではない機であればF-22AやXF-2の方が先であった。


【AN/APG-63(v)3】

AN/APG-63(v)2 AESAレーダーはほとんど試験的な運用が行われている。その経緯やF/A-18E/Fが装備するAN/APG-79 AESAの技術をフィードバックしたものがAN/APG-63(v)3である。信頼性・安定性の向上、ECCMの更なる向上、コンピューターのハードウェア・ソフトウェアの拡張に加え、軽量化が図られている。現在開発中で実用化には至っていない。
シンガポール向けに現在売込みが行われているF-15Tへの装備が予定されているが、この先どうなるかは未定である。
なお、正確には頭につく「AN」は正式装備された機材につけられるものでるため、現段階では名称に用いない。(将来的にはAN/APG-63(v)3となるであろう。)


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■PICTURE

f15mg.jpg - USAF
anapx7601.jpg - BAE systems
apx101.jpg - Northrop Grumman