台湾 中華民国空軍軍史館 2009年夏
R.O.C Airforce Museum (中華民国空軍博物館)

行き方
屋外展示
屋内展示

桃園航空科学館
イ尓 女子 日本的各位!
中華民国空軍軍史館的MASDF項 歓迎光臨!(`・ω・´)ゞ

台湾 中華民国空軍軍史館(空軍博物館)は、高雄県岡山鎮、岡山空軍基地の空軍軍官学校に併設されています。
岡山はカンシャンと発音します。兵庫県と広島県の間の、マイナー県ランキングにすら名前が出ないほどマイナーな「おかやま」とは違います。
空軍軍官学校は中華民国空軍の養成施設で、空自で言うところの防府や奈良をあわせたようなものです。たぶん。
また、アクロバットチーム「雷虎小組:サンダータイガー」のマザーベースとしても知られています。

空軍軍史館は屋外展示場と屋内資料館で構成されており、規模的にはそんなに大きくありません。
私と二人の連れの三名で訪れましたが、連れの二人は屋外展示を40分程度で一通り見てしまったようです。最初は一緒に見てたのに、いつのまにか私だけガンガン引き離されてました。じっくり見て回ったため、二人の倍以上の1時間半近くを掛けて見学しました。
「ぐりさん、まーだミグの所(半分ぐらい)に居るよ」
「愛が違うんだろうな。愛が。┐( ̄ヘ ̄)┌ ヤレヤレ」
などという陰口が聞こえてきそうでした。いや、陰口どころか正面きって言われたんだけどね。(>_<)
「くそ暑いんだから早く館内に中に入ろうぜ(#^ω^)」という、無言の圧力(嘘)が無ければもう30分は掛けてたと思います(笑)。
屋内はミサイルや爆弾、いくつかの戦闘機のほか、蒋介石による北伐、抗日戦争、中共との戦いにおける航空戦史が展示されていました。
特に台湾海峡の航空戦に関しては、非常に詳しい交戦記録が展示されているなど、資料の宝庫でした。
屋内の展示も1時間半程度を見込んでおくと良いと思います。
食べ物は売ってませんが、お土産屋でお茶や水ぐらいは買えます。やや割高(20元)でしたが、どうせ元(15元ぐらい)が安いのでモーマンタイ。

毎年エアショーが開催されているので、一緒に見て回るのが良いかもしれません。私も本当は航空祭を見に来たんですけどね...。

死刑宣告書。
「本校(軍官学校)は8月8日の水害の救難任務にあたっています。そのため8月22日の営区解放活動(=エアショー)をキャンセルします。ご不便をおかけしますが、ご了承ください。」って書いてあるのかな。
2009年8月8日、台湾に台風8号が直撃。半世紀に一度とも言われる大災害となり、死者は三桁に達しました。
エアショーどころでは有りませんね...。

軍史館から軍官学校をのぞむ。半旗が掲揚されています。合掌。


空軍軍官学校全景。手前が空軍軍史館です。


■行き方


岡山空軍軍史館は空軍軍官学校の正門前にあります。 立ち入り禁止区域外ですから自由に出入りが可能です。
ただ、空軍軍史館は無料ですが開館日は土日の9:00〜16:30に限られます。プランニングの際は要注意です。
最寄りの岡山駅には高鉄(新幹線)の駅が有りません。西部幹線(在来線)を使う必要があります。台南駅からは20-30分。高雄駅からもほぼ同じくらいです。高鉄の台南駅から在来線の台南駅までの無料シャトルバスが運行されていますが、40分も掛かるので、高鉄の左営駅で乗り換えを推奨します。捷運で高雄まで10分ぐらいです。在来線の運賃は100円前後とかホントそんくらいです。
ちなみに、台南駅で電車待ちしてる際に経国が飛んでいるのを見ました。

岡山駅のプラットフォーム。台湾の在来線はJRと同じく狭軌を採用しています。たぶん日本統治時代の名残なんでしょうね。
岡山駅の改札口は一つしかありません。出たところすぐにタクシーの運ちゃんがたむろしてるので、運チャンに「空軍軍史館」とか書いたメモを見せましょう。駅から15分程度で到着し、運賃は200元(600円)程度です。安い! 帰りは逆方向に少し歩くと(一本道です)商店街にはいるので、そこで流しのタクシーを拾いました。エアショーの日は軍史館前に客待ちタクシーがたくさん居るそうです。

■屋外展示場

空軍軍史館の屋外展示場には、第二次世界大戦後に使用された中華民国空軍の飛行機が多数展示されています。
嬉しいことに柵などは無く、周囲360度ぐるりと回れるどころか飛行機の下にも潜り放題です。触ってもOKな雰囲気でした。
てか人が触れることによる傷み以上に風雨による経年劣化が激しく、あまり状態は良くありません。
また、台湾という台風の多い土地柄故に飛行機の拘束っぷりが半端ではなく、チェーンでがっちり固められています。
各飛行機は円陣を組むように展示されています。入り口から右回りで紹介してゆきましょう。
(PHOTO: こぶらちっちさん/ゆりあんさん)
見学中、雷虎小組の自強とT-34C導師(ターボメンター)がガンガン飛んでました。
望遠レンズは重いし、どうせエアショーじゃないからと、日本に置いていった私。泣きそう(><;)


・AT-11高等教練機

本軍官学校で高等練習機として1950年から1968年まで使用されました。
7.7mm機銃2挺と100ポンド訓練爆弾を10発搭載しますが、本機は退役後に遠東航空にて旅客機として運用されましたため、武装は外されています。遠東航空は主に台湾国内を結んでいましたが、台湾高鉄の開通により倒産しました。
塗装は空軍時代のものが施されています。

・O-1G 猟鳥犬式空中管制機

セスナO-1Gバードドッグ。空中管制機なんてAWACSっぽい偉そうな名が付いてますが、「前線航空統制機」のこと。
ROCAFでは71年に就役、85年に退役。

REMOVE BEFORE FLIGHT *・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n'∀')η゚・*:.。. .。.:*・゜゚
これいいよ!日本も採用しよう!

・C-46運輸機

45年から64年まで就役。
特殊作戦、復員、空投、空運、堪任抗戦(?)、訓練、遠洋本島外島之行政運輸、本官学校飛行訓練用 と、書かれています。
「表現卓越」という言葉が用いられていますが、意味がよく分かりません。たぶんとっても優れていた。と言いたいのかな。

・T-33衛星式

いやさ、ちょっとさ「衛星式」っておかしいだろ。シューティングスターって言いたいんでしょう?だったら「流星式」じゃんか(><)
噴射機(ジェット)の転換訓練に用いられ、「為本軍使用時間極久」だそうです。すっげー長い間使ったよ!という意味かな。
尾翼に書かれている「筧橋」とは、大陸時代に空軍軍官学校が有った場所で、中華民国空軍発祥の地です。

超が付くほど最初期のジェット機なのに、すでにダイバーターを備えているのが興味深いですね。
空気は完全な「さらさら」ではなく「どろどろ」して「ねばねば」した状態であるため、機体表面に沿って流れる空気は速度が遅くなります。
どろどろ度を「粘性」とか、ねばねばと後ろに吹っ飛んでいこうとする空気の流れの比を「レイノルズ数」とか意味プーな用語で表したりしますが、ともかく機体に沿った速度の遅い空気をエンジンの圧縮機が吸い込むとイヤンな状態になるため、吸い出してしまおうという機構がダイバーターです。

で、ダイバーターが吸い出した空気はエアインテークの外に排出されます。このように。
戦闘機には必ずと言っていいほど備えられています。米軍最初のジェット機であるP-59エアラコメットにさえ。
でも、ステルス性を重視したF-35だけはダイバーターが有りません。同じステルスでもF-22には有るのですが、これは戦闘機としての全体のバランスを重視したためなんでしょう。多分。

F-80のタンクは空中で投棄が可能ですが、T-33は不可能です。

・F-84G雷霆式 サンダージェット

共和(リパブリック)の雷霆式=サンダージェット戦闘轟炸機。 らいてい=おおきな雷。
あと少し開発が遅ければ後退翼が適用できたのに、順調だったが故にF-86に負けてしまったほぼ最後の直線翼ジェット戦闘機。
戦闘轟炸機=戦闘爆撃機として運用されました。後退翼化したF型は見たことがあるのですが、直線翼は初めて見ます。

サンダージェットのタンクも飛行中は切り離し不可能なのかな。

・F-86F軍刀式 セイバー

桃園国際空港の航空科学館のページで軍刀式のすさまじい活躍について触れました。
そのときキルレシオ31:0と書きましたが、なぜか空軍軍史館によると31:1になっています。
撃墜数が異なることはよくありますが、被撃墜数はそう多くは変動しないのが普通です。しかし、0と1では、「1の差」だけではない大きな開きが有ります。

実戦記録を読んだところ、AIM-9「尾響蛇」が初めて実戦で戦果を挙げた1958年の9・24空戦の翌月、10月10日に発生した馬祖上空戦においてキルレシオは5:1の「張迺軍興匪機互撞」とありました。 たぶんパイロットの張さんが匪機=中共機と空中衝突した。という意味なのでしょう。
確かにこれなら被キル0とも言えるし1とも言えますね。

・F-100A F-100F 超級軍刀式 スーパーセイバー

2機展示されていた超級軍刀。左がF-100A、右がF-100Fです。右側は相変わらずのサンダーバーズに似た塗装ですね。
F-100Aは機銃を4門搭載していますが、F-100Fでは2門のみとなっています。

同。F-100Fは複座型の練習機型。
なんの柵もないから自由に見学できて最高っ!


・F-104A F-104G 星式戦闘機 スターファイター

左がF-104A 右がF-104Gです。見分けが付きますか?
スターファイター2機。かっこいいよう(*´д`*)
説明板には「人類最後載人戦闘機」って書いてあります。「最後の有人戦闘機」の称号は台湾でも有名だったようです。
英語の説明文にはザ・ラスト・マンド・ファイターとなってますが、確か元はザ・アルティメット・マンド・ファイターだったハズ。
中国語を元に翻訳したからこうなっちゃったのかな。

↓↓5分後↓↓

いやあああああああああああああああああああ!! やめて!私のスターファイターに何するの!><
なんか、子供達の社会見学に遭遇する確率が高いような気がします。これで3度目ですよ。

ダックスフォード帝国戦争博物館ル・ブルージェ航空宇宙博物館
しかし、どこの国もじっくり飛行機を見る子供は居ませんね。みんな眺めて終わりです。
マルヨンのショックコーンがどうのこうのとか言い始める子供が居たら逆に怖いか(笑)

子供達が去るまでスターファイターを堪能しましょう。
こうして並べてみると差異がよく分かります。F-104Gは尾翼が拡張されているのです。

看板には「本4344号機創下撃落中共米格19型機紀録」とも書いてあります。おおお、ミグキラーじゃないですか。
1967年1月13日 金門島北で発生した1・13空戦において、中共のMiG-19の追撃を受けていた友軍偵察機を援護すべく、台中の清泉崗空軍基地を離陸したF-104G 4機は共匪のMiG-19 12機(3倍...)と交戦。
胡世霖 上尉(大尉)がサイドワインダーでMiG1機を撃墜。次いで逃げるMiGを本4344号機に搭乗した石貝波 上尉が、内陸部まで追撃しサイドワインダーで撃墜しました。音速出すのがやっとのMiG-19じゃあF-104は振り切れませんね。
結果、2機を撃墜し損害無し。台湾空軍パネェっす。(>_<) いや、台湾が凄いというよりも中共が酷いというかなんというか。
ただ、楊敬宗 少校(少佐)が帰還中に行方不明になってしまいました。中共側にF-104を1機撃墜の記録があるようなのでひょっとしたら空中戦で落とされていたのかもしれません。

・F-5A F-5B 自由闘士式 フリーダムファイター

左が戦闘機型のA、右が練習機型のB。
A型はM39 20mm機銃を2挺搭載していますが、B型では機銃が外されています。
F-5は雷虎小組でも使用されていましたが、現在は国産の自強を用いています。

自由闘士A。見事なくびれですねえ。


翼端増漕までくびれてました。


B型。翼面積はあまり広くありません。しかし機体自体が軽いですからね。

・RF-101A 巫毒式

いやー、ほんと大きい。全長約21mで、およそF-86の二倍の全長を誇り、F-15よりも大きいのですから驚きです。
深部阻止攻撃爆撃機の護衛として長距離巡航能力を求められた結果ですが、機動性軽視の設計はミサイル万能思想がプンプンとにおってきます。それが逆に偵察機としては優秀だったことは皮肉ですね。

・米格15 柴把式

ここからは亡命機です。本機は正確にはMiG-15bisです。
1962年3月3日に劉承司さんが乗ってきた。とあります。亡命者は反共義士、「アンチコミュニズムヒーロー」として大々的な歓迎を受けました。
プロパガンダですね。

Fagotは「枝の束」の意なので柴把式。ですか。
看板にエンジンは「VK-1軸流圧縮式噴射発動機」とか書いちゃってます。
ロールスロイス ニーンは遠心圧縮式でしょうが...。

・瀋陽 殲撃5 MiG-17 壁畫式

瀋陽 殲撃5。いわゆるMiG-17です。王学成さんが1983年11月14日に亡命。

MiG-15/17/19主翼形状比較。少しずつ後退角がきつく、そして境界層制御板が2枚>3枚>1枚と変化しています。

・殲撃6 MiG-19 農夫式

(氾に草かむり)園(火が三つ)さんが乗ってきた機です。名前が書けません(笑)
本機は偵察型。RMiG-19とか聞いたことがない型番が振られてますが、ググっても岡山軍史館しかヒットしません。

MiG-15/17/19と、ミグ回廊を形成しています。
胴体下部に偵察写真用の窓が確認できます。

こちらは蒋文浩さんが89年に亡命してきた別の殲撃6型。
戦闘機タイプです。NR-30 30mm機関砲を3門と、非常に強力な武装をもっています。

やっぱガンファイターは良いよなあ。うんうん。レーダーだのデータリンクだのミサイルだなんだのに頼っちゃ面白くない。

MiG-19も15系の機体ですが、双発化している点がもっとも大きな違いです。
またとラダーがとても大型化しています。

MiG-19シリーズはまだ続きます。こちらは劉志遠さんが使った物。

水平尾翼も超音速飛行に対応する形でスタビレーター化しました。

・米格21F-13 魚礁式MiG-21F-13

魚礁式。F-13型は初期型のFに機銃を一門撤去し、AA-2アトールの運用能力を付加したモノ。
もちろん本機も反共義士 孫天勤さんが72年8月7日に乗ってきた機で、他の機とは違いソウル近郊の城南基地に着陸したようです。
って、説明文には書いてあったのですが、なんか宛先不明の遺失物として押収したらしい。
ラウンデルは1951から1990まで使われていたハンガリー人民軍空軍のもの。
F-13型を見るのはコレで二度目。F型シリーズに限れば3機目です。

MiG-21シリーズの中では、おそらくドッグファイト最強機。
以降登場したMiGは索敵レーダー搭載などアビオニクスの充実により、総合能力は増しましたが、重くなる一方でした。

・伊留申28 小猟犬式 Il-28 

反共義士シリーズ最終機。Il-28 ビーグル。1965年11月11日に李顯斌 李才生 廉保生さんらが乗ってきました。
本機が飛び立ったのは杭州の筧橋。T-33のところにも書きましたが、本岡山空軍基地に所属する練習機には「筧橋」という文字が書かれています。
大陸反攻の旗印は受け継がれているようです。今更100%無理ですが。

空軍力のバランスが崩れたとき、青天白日旗と八一軍旗は再び戦うことになるのでしょうか。

・HU-16 信天翁式

「可連続12小時低空飛行」と書いてあるのに英語では「It could fly low altitude for consecutive 24 hours.」
英語と漢字の説明文が異なってる不思議状態にあります。12時間なのか24時間なのかはっきりしません。
巡航速度が130ktで航続距離が2660nmなので24時間かもしれない。
最大速度が200ktなのでそれなら12時間かもしれない。最大速度で2660nm飛べないと思いますが。

水雷?

・S-2追跡者式

この辺から、「早く見て回れよ。あちーんだから(^ω^#)」という空気を感じたのでペースをあげて見て回りました。
ウソウソ。気にしないでね。かくいう自分も暑さでうんざりしてましたし。あ、でも半分本当(笑)

・F-104D 星式戦闘機

おおー、複座型の星式初めてだ。F-104Dは21機しか生産されておらず、うち6機を台湾で運用していたようです。
ちなみにF-104DJは20機。一度も見たこと無いんだけどDJってどこかに残ってるんでしょうか?

ぷっくりと丸みを帯びた胴体になっているんですね。

・T-38A 利爪式

タロンって猛禽の鉤爪って意味だったんですね。知りませんでした。そりゃF-22「猛禽」も抉るはずです。

アメリカは、ベトナム戦争中の1972年、南ベトナム空軍にF-5A/Bを供給するのに一時的に台湾空軍のF-5A/Bを50機ほど借り上げたようです。
その代わりに台湾空軍はT-38利爪式を21機受け取ったとか。練習機の上に計算があわねーぞ。
空軍の中の人は(;゜∀゜)えー! って感じだったに違いない。
そのとき借り受けたタロンは1985年に返却されました。

・C-47空中列車式

さすがスカイトレイン。米英仏露台と海外に行って此奴を見なかった年は一度も無い。
1944年の対日抗戦時期から運用されたようです。


・M1A2/M2A3式40公厘高射砲

公厘はミリメートル。1955年から使用され、「弾道低伸、発射速度大精度良好、構造簡単故障少、運動迅速、低空射撃の優良武器、対地水上目標射撃もできた。」と、べた褒めされてます。

C340

セスナC340 看板が無かった( ´∀`)

・B720中美号専機

波音公司(ボーイング)のB707。空軍が西北航空公司(ノースウェスト)から購入しました。
1971年から90年まで総統や政府高官専用機として使用され306ソーティーの任務をこなしました。
うち7回は国外への渡航だそうです。意外に少ない。まあ、微妙な立場の国ですしね。

・PL-1介寿号

台湾国産の初等練習機で、初飛行が1969年の蒋介石総統82歳の誕生日だったため介寿号と命名されました。
1970年から82年まで運用され、台湾の航空技術の発展に新たな1ページを刻みました。だって。

・C-118/DC-6 舉重霸王式

用心輸送機型DC-6 リフトマスター。覇王?とは勇ましい名前ですね。

C-123供給者式

プロバイダー。看板には美国 北美公司(ノースアメリカン)とか嘘が書いてある。
フェアチャイルドなんですけど...。

・C-119 空中車廂式

双胴のフライングボックスカー。
元々C-82パケットという輸送機が原型ですが、深刻な欠陥を抱えており、その改良型がC-119です。
空中からカーゴやパラトルーパーを投下するのを目的としてこんな形になりましたとさ。

・T-28A 啄木鳥式

たくぼくちょうって書いてキツツキって読むんだぜ?

・A-CH-1中興号 教練機

航空科学館にもあったT-CH-1中興号の攻撃機教練機型。ロケットポッド2基を搭載したそうな。
台湾海峡の巡回任務にも就いたとあります。1998年まで現役でした。
てか、看板に初級飛行訓練とか書いてあります。1450馬力で初級訓練は無いだろー。

・AT-6

ご存じ北美公司のテキサン。テキサン=南部のテキサス州人なのにノースアメリカンな不思議。

■屋内展示
日本では、エアコンの温度を16度とかにセットするとキチガイ扱いですが(そもそも家庭用エアコンでそこまで冷やす能力はない)、台湾ではデフォルトです。外気温33度の中、屋外展示では汗水流しながら飛行機を見て回りましたが、一歩室内に入ると...寒い!!!((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
一瞬で汗が乾きました。

蒋ちゃんが観閲式で使ったキャデラックがお出迎えです。
右は博物館に併設されている空軍軍官学校の変遷地図。当然のごとく、大陸は「中華民国」になってます。
南京から杭州の筧橋へ、そして抗日戦争中は昆明から蝋河(どこそれ)へ、台湾に追い出された後はここ岡山に居を構えています。
地図中に記されている年号は民国暦なので注意。西暦に変換するには11を足してください。


いたるところに防犯カメラがありました。

・PT-17

波音公司の初級教練機。ステアマン。ステアマンはどこいっても必ず置いてあるなあ。
1943年、インドの蝋河時代から1958年の岡山時代まで使われました。だそうです。

・P-51D野馬式

どこ行っても有る第二弾。

・F-104

星式戦闘機のカットモデル。セミモノコック構造って美しいですよねぇ。
後ろの絵は抗日戦争中の1937年、筧橋の空軍軍官学校上空における航空戦での完全勝利を描いたものです。
中国側の主張によると96式陸攻を6機撃墜したことになっていますが、日本側の損害記録にそのような事実はありません。

・中山科学研究院 天剣二型

台湾国産の経国に搭載される主導雷達誘導(アクティブレーダー誘導)空対空ミサイル。94年に制式採用されました。
多目標同時攻撃能力や高いECCM能力を持っています。と書かれてます。
しかし「天剣」ですって!名前がカッコイイ。

・中山科学研究院 天剣一型

同。全方向性及射(オールアスペクト)短射程空対空ミサイル。

・AIM-9B 尾響蛇と5寸(インチ?)火箭

火箭は中国語でロケット弾の意。火矢なんですね。上はたぶんロケットポッド?

AIM-9Bは空対空ミサイルデビューを飾ったミサイルですね。
近赤外線しか捉えることができず、またシーカーの探知範囲も狭いため相手の背後をとらなければなりませんでした。

・LAU-6火箭発射器&2.75寸 対空火箭


・Mk82蛇目 / M117

Mk82スネークアイ遅延落下爆弾と、空自でもおなじみM117。


・AGM-12 長矛飛弾

AGM-12ブルバップですが長矛...?ロングランス?なんでだろう?と思ってたら、説明文に
「Air to Ground Lance Missile」とありました。
なるほど、Launch(発射)をLance(槍)と間違ったから、長矛なんて意味不明な名前つけたんですね...これはひどい(笑)
F-100超級軍刀に搭載したそうです。

・AN/ALQ-71、AN/ALQ-72

電子戦ポッド2本。ナム戦世代のものですでに退役済みです。

・GBU-10

GBU-10 ペイブウェイ2 2000ポンドLGB


爆弾いろいろ(めんどくさい)

・LOROP

RF-104G偵察機用のカメラです。


抗日戦争中の武器いろいろ。


ここからは油絵の展示を紹介します。
1937年、東シナ海において日本航空母艦 「龍驤」爆撃の図。
そんな事実無いんですけど...タンカーあたりを見間違えたんでしょうか(^^;


日本の軍艦にカミカゼの図。
そんな事実ないんですけど...貨物船あたりに突っ込んだんでしょうか(^^;

イェーハァー!一連射で3機撃墜しちゃったZE!
そんな事実ないんですけど...


武漢航空戦。小日本を21機撃墜大勝利!
そんな事実ないんですけど...


1938年抗日戦争中の「人道轟炸」
中国本土より出撃したB-10は九州北部地方にビラをばら撒きました。
人道轟炸だなんて臭いタイトルがつけられていますが、紙だからこの作戦が可能であったのであって、
爆弾を搭載していたら航続距離不足で、とても届かなかったことでしょう。


勝利!勝利!大勝利!なこの博物館において、珍しい「敗北」の展示です。
やはり中国にとっても零戦は特別な存在だったようです。



「飛虎隊(フライングタイガース)」はもちろん英雄として展示されています。


米中混合編隊が吹流しをつけた百式輸送機を護衛。
抗日戦争は「輝的勝利」だそうです。

南京解放後最初に掲げられた晴天白日旗。


ここからは国民党軍が台湾へ逃げた後のお話。台湾海峡の金門・馬祖航空戦に入ります。
1956年7月21日の七二一空戦での勝利。だそうです。F-80がMiG-15をボッコボコに。


こちらはAIM-9がはじめて投入された伝説の空中戦ですね。
1機だけお茶目にも絵からはみ出ています(^^;


RF-84偵察機がMiG-15から逃げるの図。


軍史館にはこのような資料的価値の高い展示が沢山あります。ただ、その正確性は??
左の写真は中華民国空軍の撃墜王(といっても2.5機ですが)の銭奕強上尉のガンカメラ。


台湾海峡航空戦におけるキルレシオ43:2
イスラエル空軍の30:1に次ぐとか。ないわー。で、なんでキミたち共匪に追い出されたんだっけ?
2010年現在も今のところは台湾優勢ですが、30年後はどうなるかは分かりません。


撃墜マーク。いぇい。


軍用機によって共匪から亡命してきた反共義士の一覧。


何気に台湾でも運用されていたU-2。右は黒猫中隊の歴史。殉職殉職殉職殉職殉職殉職...。
北京には撃墜されたU-2の残骸が展示されているそうです。


通常の飛行服と高高度与圧服。


F-104A/BおよびF-104G/Dの最終飛行の記念写真。


雷虎小組の展示。見たかった;;


右は介石さんと婦人。左は背の低い経国さん。



軍史館の近くで撮影。この道で流しのタクシーを拾って岡山駅まで帰りました。

中華民国空軍軍史館 2009年夏
R.O.C Airforce Museum (中華民国空軍博物館)

行き方 ■屋外展示 ■屋内展示
桃園航空科学館

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